1964年東京都生まれ。慶應義塾大学卒業後、リース会社入社。同社米国子会社駐在員として95年に渡米。99年、同米国子会社を米国企業に売却、移籍。2002年、United California Bank(現Bank of the West)へ転職。06年までSouth Bay支店勤務。同年より現職。
ロサンゼルスに来たのは95年。オフィス機器等のリース会社の派遣駐在員として渡米しました。4年ほど海外勤務をした後、日本に戻るつもりでいたのですが、99年に米国子会社をアメリカの会社に売却。日本に帰るか、子会社と共にアメリカに残るかという選択をすることに。
ここに残った最大の理由は、仕事が面白かったのもありましたが、この国の教育もその一つでした。当時、4歳の息子がティーボールという野球に似たゲームを始めて、その練習を見ながらリトルリーグの野球のコーチのお手伝いをしていたのです。子どもは球が飛んで来ると、うんと離れたところでバットを振ることもありますよね。それに対して日本のコーチは「脇が開いている」とか次に当てられるように指導をします。でも、アメリカのコーチは「ナイス・スイング!」と拍手をする。ほめられて気を良くした子は、また離れたところを全力で振る。目先の数年で考えれば、日本の子の方が野球が上手になるでしょう。でも長いスパンで見たときに、思い切り振れるってすごいことですよね。そういう考え方を教育の基礎にしているこの国に残りたいと思ったのです。
息子は7歳になった時に今度はサッカーを始めました。彼のサッカーを見ながら私も転がっているボールを蹴っていたら、コーチに声をかけていただき、37歳で遅咲きのサッカーデビュー。はまりました(笑)。チームを作って毎週末サッカー三昧。最初は汗をかいておいしいお酒が飲みたいという動機でしたが、チーム結成から5、6年後には日系リーグで優勝するまでに。08年に腰を悪くしてやめるまで、サッカーばかりやっていましたね。アメリカは気軽にいろいろなことを始められる機会もたくさんありますし、始めてみるとどんどん面白くなる。その意味でも、残って良かったなと思いますね。
2002年には、United California Bank(現Bank of the West)へ転職。格好良く言うとチャレンジですが、新しいことが好きなんでしょう。アメリカはスポーツでもそうですが、ポジティブな姿勢でいると、さまざまなチャンスがあります。
リース業も大きく分ければ金融に入りますが、銀行業界は初めて。ひと口に銀行と言ってもさまざまな専門があり、私はリース業界にいた頃から専門にしていた法人向け貸し付けを業務の柱に、06年よりリトル東京支店の支店長職を務めています。
今はオンラインバンキングも発達し、いろいろなことが機械でできるようなっていますが、やはりどこまでいっても、商売は人と人がするもの。私の仕事の醍醐味は、人に会えることです。例えば、企業の経営者の方に銀行の看板を背負ってお目にかかったとします。初めて会ったにもかかわらず、銀行を代表して、何十年ものご苦労を含めて、お仕事のお話をうかがうことができるのです。 そうしたお客様のニーズに対して、アメリカという金融の世界で最先端の国の商品を、世界最高の質の日本のサービスでお届けすることが、私のミッションです。
私は、銀行はコミュニティーのインフラみたいなものだと考えています。他行に比べての勝ち負けを競うのでなく、銀行業界全体、コミュニティー全体で伸びていきたい。その結果としてコミュニティーが元気になって、もっと大きくなっていければ最高だと思っています。
=Company Info=
Bank of the West◎フランスに本拠を置く金融グループ、BNPパリバ傘下の銀行。1874年設立。米国西部、中西部に700カ所以上の支店を展開し、資金・財務管理、ビジネスローン、外国為替などの個人、法人向け金融サービスを提供。