2025/1/2
去る11月22日(金)、企画マーケティング部会主催による、第256回JBAビジネスセミナー「新政権の通商・産業政策と日系企業への影響」をオンラインで開催した。
[講師プロフィール]
水野亮さん
Global Business-Teruko Weinberg Inc.
Executive Researcher/ Consultant
アメリカ、ブラジル、ドミニカ共和国、ニカラグア、タイにおける政府機関やマーケットリサーチ会社での駐在経験を経て、前職の日本貿易振興機構(ジェトロ)在職中には東京本部やニューヨーク事務所で中南米・アメリカ市場や通商政策などに関する調査業務に従事。米コロンビア大学国際関係・公共政策大学院卒。『中南米ビジネス拠点の比較とアメリカ企業の活用事例』『アメリカからの中南米市場戦略』など著書多数。
今回のセミナーでは、トランプ政権の誕生によって、アメリカの通商・産業面における政策はどのように変わっていく可能性があるのか、また日系企業はどのような影響を受けるのかについて、Teruko Weinberg Inc.のExecutive Researcher/ Consultant、水野亮さんが解説した。
まず、水野さんはトランプ政権の返り咲きと共に、連邦議会の上下両院議会でも共和党が過半数を獲得したことが、トランプ氏が舵を取る政策を強く後押ししていくことになると語った。「今回の選挙でトランプ氏の人気を押し上げたのは、不法移民やインフレ問題へのバイデン政権のまずさが大きく、それゆえに2026年の中間選挙で共和党多数を維持するためには、トランプ氏は迅速に公約を行動に移すことが求められます」。
次に、トランプ氏が公約した政策の概要説明へと移った。まず、経済政策については、25年失効予定の『税制改革法』の復活を通じた所得減税の強化、政府効率化省の設立、連邦政府支出の大幅な削減などを挙げて、「関税の引き上げなど保護主義的な面が強調されているが、いわゆるビジネスフレンドリーな政策も公約している」点を強調した。次に、移民政策では、強制退去オペレーションの実施、観光ビザを含む不法移民のアメリカ国内での子どもの誕生時における永住権授与の撤廃、メキシコに対する不法移民対策への協力要請、その対応ができない場合には関税25%の引き上げ、メキシコとの国境の壁の建設などを挙げた。また、環境・エネルギー分野では、バイデン政権下で制限された原油生産やパイプライン輸送の制限の撤廃、インフレ削減法(IRA)の撤廃、国連気候変動枠組条約からのアメリカの再脱退、自動車の企業別平均燃費基準の見直しなど紹介した。
本セミナーのメインテーマである通商政策に関しては、まずは「アメリカ第一主義」「国内産業保護・回帰」「対貿易赤字国敵視」「多国間ルール軽視」というトランプ氏の公約の背景にある考え方を説明した。その上で、各国からの輸入に対する一律10~20%の関税の引き上げ、中国産製品の輸入に対しては追加的な最大60%の関税の引き上げ措置などトランプ氏の公約を紹介した。また、メキシコで生産される中国の電気自動車(EV)を含む、メキシコ産自動車輸入に対する200%の関税引き上げ措置について述べた。他方、「トランプ政権1期目にもメキシコはトランプ氏に関税を引き上げるとさんざん脅されてきましたが、メキシコはトランプ氏の要求を受け入れつつ、関税を回避してきました。このようにトランプ氏は、外国からの譲歩を引き出すために関税を用いて脅すことが多く、全て公約どおりに関税を引き上げることは逆に考えにくいです」との見解を示した。
次に、トランプ次期政権による関税の変更の実現可能性については次のように解説した。トランプ氏は国際協定や自由貿易協定(FTA)ルールを軽視する一方、米国の国内法を尊重して関税を課す傾向が見られる。ゆえに「あらゆる国内法を利用して関税の引き上げを画策すると見られます」。米国憲法上、関税を変更する権限は連邦議会が有するが、特別な場合には、過去に成立した貿易関連法などを用いて、連邦議会から政府が関税変更の権限を条件付きで受けることができる。大統領などを用いて行政府に関税の引き上げが認められる法律には、1962年通商拡大法232条、74年通商法301条、77年国際緊急経済権限法などが挙げられる。このように、トランプ次期政権による関税の引き上げを可能とする手段は複数存在するが、その運用には実態調査の実施といった条件がある。加えて、業界団体などによる訴訟リスクや自由貿易派の共和党議員も少なくなく、トランプ氏が「決して意のままに関税を変更できるわけではありません」と説明した。
続いて、通商分野だけでなく移民分野でもトランプ氏から槍玉に挙げられることが多いメキシコに焦点を当て、「続くメキシコの苦悩」と題するトピックでメキシコ産自動車が直面するリスクなどを説明した。また、米国市民の間で中国に対する警戒心が強まっていることを背景に、トランプ政権が、バイデン政権以上に対中強硬路線を敷き、中国産輸入品に対して追加的な関税の引き上げを実現する可能性が高い点を「対中摩擦の悪化は不可避」と題するトピックで説明した。環境政策では、「トランプ政権の環境政策は、原油・天然ガスの生産やパイプライン建設の再開といった化石燃料エネルギーの復活にシフトしていきます。トランプ氏は1期目で、オバマ氏がとった環境政策を全部ひっくり返しました。続くバイデン氏は、そのトランプ氏の環境政策をさらにひっくり返しました。ですから、今回はそれをさらにひっくり返すということです。つまり、EV業界にとっては決していい話ではありません。EVの販売台数はコロナ禍以降ずっと伸びていました。しかし、ここにきて、特にテスラをはじめとするEVの販売台数は去年の第3四半期から落ちてきているのが実態です。ですから、日系のハイブリッド車にとっては(トランプ政権の反EVの政策は)追い風になると言えそうです」。
最後に水野さんは、トランプ政権の政策のまとめとして次の点を紹介して、セミナーを終了した。