2024/11/1
去る9月25日(水)、企画マーケティング部会主催による、第254回JBAビジネスセミナー「労災事故から職場復帰までの戦略的会社プログラム設計」をオンラインで開催した。
【講師】馬場広樹さん
Vice President, Japanese Practice Leader, The J. Morey Company, Inc.
福岡県出身。2008年渡米、12年UCLA数学科卒業。その後約10年間、保険ブローカーとして日系企業の保険手配に従事。22年4月にJ. Morey Company, Inc.入社。現在は日系法人部門の責任者として、日本企業への保険を含むリスク管理全般のサービス提供を管理。損害保険の最高資格である認定損害保険士CPCU所持。『Insurance Business』誌の2024年度”Top Retail Insurance Brokers in the USA”に選ばれる。
今回のビジネスセミナーの目的について、冒頭で馬場さんは「労災申請から職場復帰までの戦略的職場復帰プログラムの設計についてお話ししますが、具体的には、社員が仕事中に怪我をして、その後、職場復帰までの期間に会社としては何をすべきかということを理解していただきたいと思っています」と語った。
続いて、労災事故がいかにアメリカでは身近なものであるか、また労災事故の発生によって会社にどのような影響が出るかについて、次のように解説した。「アメリカ全土では、年間に怪我を負う人の数が、労働者100名につき2.7名。カリフォルニア州では労働者100人につき3.6名です。怪我をした人のうち、大体7割くらいの方がある程度の期間、仕事ができなくなります。このように労災事故が発生すると、会社と残りの従業員にどのような影響を与えることになるかというと、まず労働力や生産力が低下してしまいます。さらに、ケースにもよりますが、労災事故が起きたということで会社の評判にも影響が出ます。悪い形で噂で広がってしまうこともありますし、そういった事故が多いという印象を人々に与えてしまうと、会社にネガティブなイメージが付くことになります。また、その後、怪我をした社員への会社の対応が適切なものであったことを会社として迅速に広報することも必要で、そのあたりの業務も当然ながら増えます。そして、労災事故が発生すると労災保険を使うことになり、労災保険料にも影響が出ます」。
さらに怪我を負った従業員本人への影響についても触れた。「怪我のせいで本人への精神的なストレスが生じるのはもちろん。回復するまでの期間、『果たして、怪我が治るんだろうか』と精神的な不安が募り続け、そのストレスで働くことがさらに難しくなる可能性もあります。さらに休職期間中は同僚との接触が減り、1人で過ごすことが多くなります。そのせいで精神的な不安が増大することもあります。あとは後遺症も心配です。怪我の程度によって異なりますが、ある程度の後遺症が残れば、従来通りの仕事ができなくなる可能性もあり、これは非常に大きな影響となります」。
このように労災によって発生する企業や個人への影響は甚大だが、馬場さんは事前に職場復帰プログラムを導入することで、影響を少しでも抑えることが可能になると強調した。「例えば、労働力の減少や会社の評判に関しては、怪我をした社員にもできる範囲で業務を与えることによって、労働力の減少はある程度抑えることができますし、怪我をした社員に対しても仕事を用意できる会社という評判が立てば、会社のイメージもある程度は回復できるはずです。また、労災事故の発生でアドミン業務が増大することになりますが、これに関しても職場復帰プログラムを事前にマニュアル化しておけば、事故が起きた時に踏むべきステップが明確であり、効率的に業務に取り組むことができます。さらに怪我をした本人に後遺症が残る場合でも、怪我の具合に合わせて業務を調整するようにマニュアルに明記されていれば、本人も『継続的に働ける』ということが分かり、休職中のストレス軽減にも役立ちます」。
続いて馬場さんは、職場復帰プログラムの実際の流れについての紹介に移り、「簡単に三つのステップに分けることができます。まず、一つ目は事故報告です。事故が発生した際に、然るべき部署にタイムリーに報告することが重要です。二つ目は、社員に対して、必要な治療と、怪我の状況に合わせた修正業務を提供することです。最後の三つ目は、職場復帰という段階です。この三つのステップに関係してくるのが、企業、医療機関、クレームアドミニストレーター(保険会社)です。この三者が従業員を中心に常に連携することが重要です。このトライアングルのどこかが途切れているという話をよく耳にします」と話した。連携が取れていない具体的な事例に関しては、「雇用者と保険会社の間では労災についていろいろとやりとりをしているけれど、医療機関からの情報がない場合もあります。例えば、現在、怪我をした従業員の治療がどこまで進んでいて、今の症状はどのようなものかといった最新状況を、企業と保険会社側が把握していないといった状態です。あと、個人のパーソナルな情報に触れたくないという企業もあり、労災事故保険会社に連絡したら、その後医療機関とも連携を取らないというケースが時折あります。医療機関や保険会社に任せているとおっしゃる企業もありますが、理想的には常にこの三者が連携する形で従業員をサポートしていただきたいですし、それが非常に大切なフレームワークとなります」と、従業員本人を中心に、企業、医療機関、保険会社の三者の密なコミュニケーションの重要性を訴えた。
続いて、ステップ1の「事故報告」について詳しく説明した馬場さん。「事故報告は、必ずも従業員本人から企業に対して行われるものではありません。本人が労災に該当する怪我だと認識していない時もあります。よって事故報告は当事者のみに任せるのではなく、会社全体として、従業員の安全に気を配る必要があります。事故の報告が会社側になされると、次は会社指定の医療機関にそのことを連絡します。どこで誰がどういう仕事をしていて、何が起こってどこを怪我したのかなど、できるだけ詳細に治療前に連絡してください。医療機関には従業員のジョブディスクリプションと職場復帰プログラムも共有しておくと、医師が従業員を診断する際に具体的なイメージや今後の計画が伝わり、役立ちます。こうして、企業側が医療機関に連絡したら、その次に保険会社に連絡します」。
ステップ2の「治療」の段階では、馬場さんは「企業としては、従業員の治療日程を把握しておき、アポイントメントがあればそのリマインダーを送るなどして治療が遅れることがないように配慮することが重要です」と付け加えた。従業員は医療機関からドクターズノートという診断結果のメモを受け取るが、その内容についても企業側でしっかり把握しておき、もし曖昧な内容が見られれば医療機関に企業から直接確認を入れることも必要になってくるということだ。「たとえば、『重い物を持ってはいけない』と書いてあったとします。それは5パウンドなのか、一体何パウンドの物を重いと定義しているのかと、医療機関に質問するべきです。そこを確認せずに、企業側の独断でこのくらいのことはもう可能だろうと、根拠のない修正業務を与えてしまうようなことは絶対に避けてください。勝手に決めてしまうと、それが後々問題となります」と、曖昧な点は必ずクリアにするように、勝手な推測で物事を進めないようにと警告した。さらに、修正業務を検討する際には、業務内容の設定だけでなく、終了時間や給与額、そして有効期間を設定することも重要であると強調し、自社での修正業務の提供が難しい場合は社外に修正業務を外注する選択肢についても説明した。
ステップ3の「職場復帰」では、理想は怪我が完治して従来の職務に戻れることだが、後遺症が残った場合には制限を設けた修正業務を用意することが選択肢の一つとなる。その場合は、保険社会に相談し、従業員に業務内容や給与などの待遇面を書面にまとめて渡すという流れになる。
最後に馬場さんは、「州によって労働法や雇用法が異なるため、従業員が所在している全ての州について、職場復帰プログラムを検討、作成しておく必要があります。さらに、職場復帰プログラムを導入する際には、会社のマネジメント側の深い理解と協力が求められます。それがないとプログラム自体の説得力が欠けてしまい、従業員にもその意義や重要性が伝わりません」と話し、今回のセミナーは終了した。