2025/2/1
去る12月12日(木)、トーランスのMiyako Hybrid Hotelにて、ビジネスセミナーと異業種交流会を併せて行うという新しい趣向のイベント、「ADASTRIAとWAKAZE のCEOが語る!~アメリカ市場開拓における成功と失敗のリアル~」を開催した。講師にはADASTRIA USA, INC.のPresidentであり、今期の企画マーケティング部会長も務める田中さんに加え、新興日本酒メーカーWAKAZEのCEO、稲川さん(および同社SNS担当のララさん)をゲスト講師にお迎えし、アメリカにおける市場開拓や商品開発、スタッフのマネジメントなど、多岐にわたるテーマでお話しいただいた。
[講師プロフィール]
田中良興さん
ADASTRIA USA, INC. | President
日立製作所にてシステム営業を経験後、スターバックス コーヒー ジャパンにて人事、経営企画に従事。その後、ヘイグループ(現コーンフェリーグループ)での人事コンサルタント、LINEでの人材支援室長を経て、2016年、アダストリア入社。人事部長、事業開発本部長を経て22年、米国赴任、現在は子会社のアパレルブランド「Velvet by Graham & Spencer」の事業管理と日本のライフスタイルブランド「LAKOLE 」の米国展開に従事。2024年度、JBA企画マーケティング部会長。
[講師プロフィール]
稲川琢磨さん
WAKAZE | Founder & CEO
フランス留学後、Boston Consulting Groupで経営戦略コンサルタントとしてキャリアをスタート。2016年、WAKAZEを設立し、19年、パリで史上初となる酒蔵をオープン。22年、Station F(フランス・パリにある世界最大級のスタートアップ支援施設)の起業家プログラム「Founders Program」のメンバーに日本人として初めて選出される。23年、宝ホールディングスと資本提携し、ベンチャーキャピタルと併せて10億円調達するとアメリカ・ロサンゼルスに進出。24年、アメリカのユーザー向けに開発した缶入りスパークリング酒「SummerFall」をローンチし、現在に至る。合言葉は「日本酒を世界酒に」。
今回のゲスト講師、WAKAZEの稲川さんは、2016年に同社を立ち上げるとオリジナルの日本酒を次々とリリースし、18年には東京で醸造所やレストランをオープンして事業拡大。さらに19年、フランスに進出して現地で醸造所を作り、日本酒の同国内シェアNo.1を獲得した後、23年にアメリカ進出。24年に缶入りスパークリング酒「SummerFall」をローンチするやいなや、短期間でカリフォルニア州を中心に全米のリテーラー約300店舗に展開させたという辣腕経営者だ。そんな稲川さんの話を、同じくアメリカで市場開拓に取り組むADASTRIA USA, INC.の田中さんと共にパネルディスカッションの形でお伺いしたい、さらにその後、会員同士の交流の時間も設けたい、というのが本イベントの趣旨であった。当日4時半になると約70名の参加者が続々と来場し、会場はあっという間に熱気を帯びた。そして5時になると企画マーケティング部会の平田さんの司会進行の下、パネルディスカッションがスタートした。
まずは簡単な自己紹介と会社紹介が行われた後(概要は講師プロフィール欄参照)、本題へと入り、【テーマ①】ローンチ直前~直後(事前の北米市場の調査、狙ったデモ、ニーズ、判明したインサイト、商品企画、開発で気を付けた点、ローンチ後に分かった当初の仮説とのズレと修正)、【テーマ②】ローンチ後~現在(スケールするきっかけ、何をして何をしなかったか、キーパーソンやキー団体への入り込み方、SNSマーケティングバズの背景や余波、チームビルディングや複数拠点のマネジメント)、【テーマ③】これまでの学びと今後(これまでで得られた学び、今後の展望)と、大きく3つのテーマに分けて二人からいろいろとお話をいただいた。以下は、それぞれの発言の一部を抜粋・要約したものだ。
◉テーマ①
・稲川さん(アメリカ・カリフォルニア州への進出を決めた理由):
日本酒に関してフランスが啓蒙期だとすると、アジアは成熟期、日本は衰退期、そしてアメリカは拡大期。そこに一気にリソースを投下したらどんな未来が描けるのだろうと思ったんです。特にカリフォルニア州はイノベーションや新しいものが大好きというカルチャーがありますし、すでに日本酒のファンも多くいてマーケットの可能性を感じたので、まずはビジネスをここから始めて成功させ、その実績を持って東海岸、全米に広げていこうと決めました。
・稲川さん(北米市場調査について):
インポーターの助けを借りて、自社のお酒を持ってポートランドやカリフォルニア、ニューヨーク、シカゴなど全米を行脚しました。そして行く先々でいろいろな方々に試飲してもらい、フィードバックをもらいながら、アメリカではどういうものが刺さるのか?というのを考えました。例えばポートランドではほぼ白人しかいないようなイベントでお酒を振る舞い、意見をもらうことで、アメリカ人の視点で日本酒がどう見えているのかが分かってきました。あとは、Whole Foods Marketなどグローサリーストアのお酒コーナーに張り付いて、「どうしてそれを選んだの?」「なぜ日本酒を手に取らないの?」など聞き込んで、現場インサイトを得ていったのも、ビジネスの方向性を決めていくのにかなり役立ちました。この現場を自分の目で見るというのは本当に大事だと思っていて、最近も7週間で700店舗を回って視察、話を聞くという、ちょっとクレイジーなことをやりました(笑)。
・田中さん(北米市場調査について):
アメリカに来る前にもいろいろな新規事業を見てきましたが、現場を見ずに市場調査だけで作った壮大な事業計画って、だいたいうまくいかないんですよね。私は事業計画を作る前にとにかく現場に行っていろいろな声を聞いてテストして、小さく仮説の検証を繰り返していくみたいなことをやった方がいいと思っているので、「LAKOLE」の事業でも実際の商品をいろんなお店に見てもらってフィードバックをもらいながら、徐々にアメリカでのビジネスを進めていったという感じですね。
・稲川さん(商品開発について):
「SummerFall」の開発にも、グローサリーストアでの聞き込みが役立ちました。とあるカップルにインタビューした際、日本酒は瓶1本買っても空けられる自信がない、味もどんな食事に合うのかも想像付かない、などの意見が得られたので、飲み干しやすい缶の形にしようと決めたのと、スパークリングにすることでアメリカ人にも味をイメージしやすくしました。あと、アメリカ人にとって日本酒はベタッと甘いという印象があるようなので、酸味を加えてスッキリした味わいにしたり。パッケージデザインにもかなりこだわって、ポップなスタイルが得意な西海岸ベースのデザイン会社を選びました。そして、Z世代、アーリーミレニアム世代をターゲットに定め、日本らしさを感じさせつつ、カジュアル、レトロ、親しみやすさ、カリフォルニアの青い海と空、そんな要素をキーワードに8つのデザイン候補を作ってもらい、今の形に絞り込みました。
◉テーマ②
・稲川さん(何をして何をしなかったか):
納品先の在庫回転速度や新規の導入速度を分析する中で、米系と比べてアジア系の飲食店やグローサリーストアの方が圧倒的に数字が良いことが分かって。それで、アジア系市場の開拓に特に力を入れるようにしました。そのようにターゲットを絞り込むと、例えば広告一つ取っても分かりやすい内容にしやすいし、そうすれば当然効果も出るので、投資もしやすいんです。
・WAKAZEのSNS担当、ララさん(現在40万人以上のフォロワーを持つ「SummerFall」の「TikTok」アカウントをどのようにバズらせたか):
最初は「TikTok」上で流行っていることを、いかに「SummerFall」にこじつけるか、という感じで投稿をしていたのですが、あまり多くの人に見てもらえず。そんな中、毎日「Let’s make my water of the day!」と言って大きなジョッキにいろいろなお酒をドバドバ入れてカクテルを作るというコンテンツを思いついてやってみたらこれが反応良くて、続けていったら一気に伸びていきました。こういうコンテンツはお酒というのもあって、ネガティブだったり怒ったりするユーザーも多いんです。でも、賛否含めて盛り上がることが、バズるには絶対必要なんです。そしてありがたかったのは、稲川さんからあれこれ指示されず、自由にやらせてもらえたこと。「他社のお酒は使わないで」とか「大量のお酒を摂取するイメージは危ないからやめて」とか言われていたら、こんなにバズらなかったと思います。
・稲川さん(マネジメントについて):
基本的に、私はメンバーレベルにはほとんどタッチせず、マネジメントにだけ週 1回くらい電話をして話しています。基本的にはある程度任せるようにしていますね。あとは、1拠点に マネジメントは二人置くのが大事だと思っています。そうすると責任を分散できて一人で抱え込むこともなくなりますし、能力やバランスの違う二人をマネジメントにすることで、自分が何か無理を言ったとしても二人で相談して良いアイデアを出してくれるなど、メリットが多いんです。
・田中さん(マネジメントについて):
新規事業は人数が少ないに越したことはないと個人的には思っています。人数が増えれば増えるほどコミュニケーションコストがかかって、マネジメントコストがかかって、結果、事業にフォーカスできなくなるというところがあって。ベストは2人、多くて3人で回していくのがいいのかなと思っています。オーガナイザー(内外の調整役)、実際に手を動かすオペレーター、その事業に関して知識やスキルを持っているスペシャリスト、という三つの役割が最低限必要ってよく言われますが、それを一人でできるのであれば、一人でやった方がスピード感を持って進められるのかなというふうに思いますね。私の場合は全部を持っているわけではないので、スペシャリストの部分は外部のエージェントだったり雑貨が好きなグループ内の社員に教えてもらったりしながらやっています。
◉テーマ③
・田中さん(これまでの学び):
正直「LACOLE」の事業に割いてきたのは自分のリソースの 3 割ぐらいなんですが、それでも良いものをちゃんと提供していけばこれだけ売れていくんだなと。やはりアメリカ市場ってすごいチャンスがあるところなんだな、というのが、なんだか月並みな感想で申し訳ないのですが、感じているところです。あとは、やはりリソースが限られているので、攻める地域や押し出す商品をどこにフォーカスするのかというのは非常に大事だなと、今日も稲川さんのお話を聞いていてあらためて感じましたね。
・稲川さん(これまでの学び):
創業者である自分がなるべく全部を見ることが大事だなと、あらためて感じています。分かっていない人が現場に口を出すとろくなことにならないのは明白ですが、自分は全拠点を自ら作ってきたので、分かっているはずなんです。その中で結構気を付けているのは任せ過ぎないこと。Y Combinatorという有名なスタートアップ支援機関の創始者、Paul Grahamという方がいて、この方が言っているのが、「スタートアップの創業者は組織規模が大きくなると、権限をどんどんメンバーに移譲してしまう。しかしそれでは最終的にサービスに魂が宿らずうまくいかない」ということ。私もマネジメントやメンバーに任せ過ぎた時に商品やマーケットフィットがおかしくなった経験があって、この考え方がすごく大事だなと思っています。だからこそ7 週間で 700店舗行くということもやりましたし、そういうところから自分自身で顧客のインサイトを得て、メンバーにそれを提案していく、みたいなことが非常に大事だと思っています。あと、去る11月に「SummerFall」の柚子フレーバー版も販売を開始したのですが(日本版「SummerFall」の東京でのローンチも2025年1月に開始)、このスピード感で出せるのは、「SummerFall」のクラシック(ベーシック版)をローンチする時点で既に作っていたからなんです。「SummerFall」のクラシックがうまくいかなければ代わりの商品として出すこともできますし、うまくいったらいったで、二の矢としてすぐに市場投入することもできる。このようにプランB、さらに言えばプランC、D、Eまで用意しておき、ビジネスプランのピボットの可能性を残しておくことは、事業運営上、非常に大事だと思っています。
以上のような話をもって、パネルディスカッションは終了。その後、稲川さんが乾杯の音頭を取り、イベントは会員同士の交流を図る異業種交流会へと移行した。講師の二人に質問ができるテーブルが設けられたほか、「SummerFall」を手に自撮りをして一番良い写真を撮った人に景品をプレゼントするという企画もあるなど、会場は大いに盛り上がった後、イベントは無事終了した。
「先代の方々が作り上げてきたロサンゼルスの日本食市場、コミュニティーを大事にしながら、皆さんと一緒にこの地で羽ばたいていけたらと思います」と熱く語り、乾杯の音頭を取った稲川さん。
本イベントに参加されていたJBA会員企業の皆さんにコメントをいただいた(皆さんのコメントは、写真左の方から順に掲載)。