2019/12/1
10月11日、トーランスのMiyako Hybrid Hotelで、新たに着任した武藤総領事を講師に迎えたJBA会員対象の講演会を開催した。
[講 師]
武藤顕氏
インドのニューデリー生まれ。東京大学経済学部経済学科を卒業した1985年に外務省入省。条約局国際協定課、欧亜局ロシア課を経て、在アメリカ合衆国日本国大使館、在ロシア日本国大使館に勤務。12年、在ボストン日本国総領事館総領事、15年、内閣官房内閣審議官(国家安全保障局)、18年スタンフォード大学客員研修員を歴任。19年より現職。
※講演内容は個人の見解を含むものであり、必ずしも政府の公式見解と一致しない場合があり得る旨、武藤総領事より補足説明あり。
武藤総領事は冒頭、外交の定義について説明した。「外交とは国家間または国際間の交渉であり、本来は対外的な脅威から領土や国民の利益を守るための安全保障政策が中核となるべきものです」。それを踏まえ、戦後の日本外交の状況を次のように解説。「日本は、戦後復帰のあり方がソ連や中国など国際社会から総意が得られない形で、特殊条件の中で戦後復帰を果たさざるを得ませんでした。よって独自の安全保障政策が欠落することとなり、それと引き換えに国際社会に復帰するという苦肉の戦略を取るに至りました。一方で、日本は国際的には西側陣営に与するものの、米国の軍事行動に巻き込まれる(entrapment)ことを回避する身勝手な路線“Japan First”を選択したと受け取られています」。
外交の自主性が限られる中、中国に対しては国交が叶わず、72年のニクソンの訪中を経て、78年になってやっと回復が果たされた。それを受け、同年には台湾と締結していた日華条約を米国の横並びで破棄した。また、“ダレスの恫喝”などもあり、現ロシアとの関係においては、北方領土問題故、いまだに日露平和条約は締結されていない。
「世界情勢が変化していく中で、いつまでも日本の安全保障政策が欠如したままでは国益は守れないという考えが広がっていきます。それがリアリズムへの移行です。その背景には、まず湾岸戦争での屈辱が挙げられます。あの出来事が我々の脳裏から離れることはありません。自衛隊の掃海艦を戦闘領域に派遣することは戦闘行為になると、日本は派遣を拒否。代わりに、実に130億ドルの拠出を行いました。この行為は“Too little, too late”と揶揄されました。お金を出しただけで十分な貢献をせず、停戦後に掃海艦を派遣したのでは遅過ぎるというわけです」。
『The Washington Post』『The New York Times』など米主要紙にクウェートが感謝広告を出した際も、協力国の一覧の中に日本はなかった。
「国際の平和と維持のための国際協力が行われる時に、日本のような国は弱点がさらけ出されてしまいます。国際の平和と維持のための軍事協力ができないのです。1991年にはソ連邦が崩壊し、冷戦が終了しました。戦後の時代が終わった、これからは平和だ、と誰もが思いました。しかし、戦争の歴史が終わるどころか、中国が台頭し、北朝鮮やISといった、ならず者国家が出てきました。アルジェリアでは邦人が拘束、殺害され、イラクやシリアでは誘拐処刑も行われました。黙っていたら誰も守ってくれず、現実を目の当たりにせざるを得ない状況が迫ってきたのです」。
このような状況の中、ついに日本が動き始めた。1997年、日米防衛協力のための新ガイドラインが策定され、日本の平和と安全に重要な影響を与える周辺事態有事の際には、米軍への後方支援を行うことを規定に盛り込んだ。1999年には「周辺事態法」が導入された。これは給水、給油、輸送、医療の面で、自衛隊が米軍に後方支援できる内容を定めたもの(2015年に「重要影響事態法」に変更)。
「こうして、安全保障に関して、それまで浮世離れしていた安全保障観が変わっていきました。当時の小泉総理は国会外交演説を行い、2本柱を提唱しました。1つは日米同盟、2つ目は国際社会への貢献です。北朝鮮の脅威に対する米国からより強力な協力を引き出すため、アフガンやイラクへのより強力な支援の必要性を打ち出したものだと当時の安倍官房副長官が言及しています。非常に分かりやすい内容で、リアリズムに基づいたものでした」。
さらに安倍政権では、積極平和主義外交の体系化が成された。13年12月4日に「国家安全保障会議」の創設、同年12月17日に「国家安全保障戦略」の策定、15年9月19日には「平和安全法制」の整備が行われた。「このように、国家安全保障戦略を持たない唯一の国だった日本の平和安全法制が整備されるに至りました」。
日本は、いかにして紛争に巻き込まれるのを回避するかという「巻き込まれ論」から、積極的に世界平和に貢献する方向に発想を転換した。北朝鮮の核化、中国の台頭、米国の力の相対的な低下など、安全保障環境が劣化しているという認識の下、平和愛好国家としての憲法第9条、非核3原則、専守防衛を維持しつつ、抑止力を強化する方針を選択した。「日本は受け身なプレイヤーではなく国際社会においてグローバルプレイヤーである、それが日本の国益であると位置付けています。外交努力の強化による我が国にとって有利な国際秩序および安全保障環境の実現、防衛力の強化による領土保全、日米ガイドラインの改定による同盟のさらなる強化、国際環境に適合した武器輸出原則の策定、法の支配に基づく国際秩序の構築、航行の自由に基づく開かれ安定した海洋の維持(自由で開かれたインド太平洋)、サイバーや宇宙の分野での技術能力の向上を目標に掲げています」。
15年4月27日には「日米ガイドライン」が改定された。同ガイドラインでは、日本の平和と安全のために平時からグレーゾーンを含むあらゆる事態に備えた切れ目のない同盟の対応、さらにグローバルな平和と安全のために、重要影響事態における「周辺」といった地理的制約を設けない日本の協力を定めた。これらの両国間での協力を可能にする「同盟調整メカニズム(ACM)」を新設し、会合が頻繁に開催されている。
また、15年に整備された「平和安全法制」は巻き込まれ論からの脱皮を目指すもので、次のような点が変更された。
・存立危機事態の下(新3要件※)、集団的自衛権の行使が可能に(※①我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、②これにより我が国の存立が脅かされ、③国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があること)
・弾薬の提供、戦闘作戦行動のために発進準備中の航空機に対する給油・整備が可能に
・現に戦闘が行われている現場以外であれば、支援活動が可能に
・駆け付け警護が可能に
・一般法化(国際平和支援法)
「ただし、課題もあります。集団安全保障措置には参加できません。また、重要影響事態が発生した場合、非戦闘員の救助のためには、港湾などの民間施設における自由の制限がある程度必要です」。
16年夏には実際に緊迫した事態が発生した。「尖閣周辺に漁船も合わせると300~500隻の中国の船が押し寄せました。これは、漁船と見せかけて実際は海上民兵のような組織で、海上民兵による尖閣上陸の試みでした。この事態こそ平時でも戦時でもないグレーゾーン。対処の必要がありましたが、どの時点で防衛省の船を発動させるかが重要でした。早過ぎると事態を一方的にエスカレートしているというキャンペーンに使われます。遅過ぎてももちろんいけません。平時は警察による法執行、戦時は防衛省による武力攻撃という従来の発想では領土を守ることはできないのです」。
この尖閣事案の後、法執行機関と自衛隊の装備を総動員した密接な連携、外交面での戦略的コミュニケーション、ACMによる米軍とのジョイント・プレゼンスオペレーションという、NSCの下での安全保障政策の統制が行われるようになった。
「今、日本は国際社会への平和的貢献を念頭に置いています。そのためには中国などによる強制を排除し、ルールに基づくアジア太平洋の秩序強化のための取り組みが重要。しかし、米国は国連海洋法条約を締結しておらず、国際主義を取らないトランプ政権ではますます、その見直しは遠ざかっています。何とか変えていく必要があり、私どもの悲願として訴えていく必要があります。また、ルール作りはASEAN諸国だけでは意味がなく、中国がいないところで議論しても何も変わりません。中国を入れて拡大ASEAN海洋フォーラムという形で法の支配の普及のために取り組んでいます」。
続いて武藤総領事は、南カリフォルニアと安全保障について言及した。「西海岸は太平洋を抱え、軍事的な意味合いを持っている地域であり、サンディエゴには北太平洋艦隊第3司令部があります。ここは太平洋の東半分を管轄しています。北朝鮮の弾道ミサイルが飛んでくるとすれば、米本土となればその地域は西海岸です。我が国と西海岸との米軍基地との関係構築は非常に重要だと受け止めています」。
質疑応答に移る前、中島喜一JBA会長は「外交戦略の中で私たち日本人が守られているという事実に対して、異国にいると意識が薄れがちになります。改めて、守っていただいているということを思い起こしました。気付きをいただくことができました」と感想を述べた。質疑応答では、安全保障とは離れて在任中の目標を聞かれると、「2つあります。1つは、南カリフォルニアは経済協力ができ上がった感があり、動きがない状況と言われますが、その中で新たな動きを作る必要があるということです。当地においては中国、韓国の進出が目覚ましい中で、日本が最大の投資国であり、雇用の創出にも最大の貢献をしています。このままでは、その地位が今後、相対的に下がっていくことは必至です。現状に安住することなくさらなる投資を行い、さらなる存在感を強めていかなければなりません。南カリフォルニアの人々にどういう分野への投資を受けることに関心があるのかと問い正しますと、環境分野ですね。日本の環境技術こそ、現地でも歓迎される技術ではないかと思います。したがって、日本の優れた分野で投資を行うことで存在感をアピールしていくことが1つ。もう1つは、カリフォルニアは多様性の社会なので、多様性の中の調和を図る上で、日本コミュニティーがリーダーシップを発揮していくということです。まとめ役としての姿勢をアピールしていくことが日本人およびジャパニーズアメリカンのコミュニティーに対する敬意の表明にもなります」と回答した。