2024/4/1
去る2月25日(日)、毎年恒例の教育文化部会主催の教育セミナーがオンラインで開催された。今年もカリフォルニア州立大学ロングビーチ校のダグラス名誉教授を講師に迎えながら、テーマを例年の「バイリンガル教育」から「漢字教育」へと変えて行われた。
[講師プロフィール]
ダグラス昌子さん
カリフォルニア州立大学ロングビーチ校アジア・アジアンアメリカン研究学部日本語科名誉教授。専門分野は継承日本語の発達、カリキュラムデザイン、リテラシーの発達など。南カリフォルニア大学卒。教育学博士。
ウェビナーの冒頭、日下部教育文化部会長が登場し、「毎年恒例になっている教育セミナーですが、今年は漢字を取り上げた奥深いテーマです。日本生まれ、アメリカ育ちの私にとりまして、漢字は読めるけれど書くことに自信がないという点で今回のテーマは非常に興味深いものです。そして、私の子どもは現在、あさひ学園で漢字を一生懸命学んでいます。今回のセミナーが、今後の皆さんのお子さま方の漢字学習の参考になればと思っております」と挨拶した。
続いて登場した講師のダグラス教授は「一方通行のセミナーではなくできるだけインタラクトしながら進めていきたいと思います」と語り、早速、参加者にアンケートという形で交流を図った。「漢字の勉強というと何を学ぶことだと思いますか」との問いに対して「読み方」「書き方」「意味」「筆順」「画数」「はね、とめなど」「字形」といった選択肢の中から多くの人が「読み方(100%)」「書き方(85%)」「意味(95%)」を選んで回答した。
その結果を受けて、ダグラス教授は、今回のセミナーの目的を次のように説明した。「日常生活でテクノロジーを使うことが普通になり、携帯でテキストメッセージを送ったり、文書をコンピューターで作成したりする昨今、手書きでものを書くということも激減しています。キーボードにひらがなでタイプすると漢字の言葉がいくつか表示され、その中から正しい漢字を選ぶという活動が日常化しています。このような変化にともない、日本人の漢字力も変化しているという報告があります。一方、学校の国語教育では、漢字をドリルなどで何度も書かせて覚える教育が変わることなく行われています。日本人の漢字力の変化と、変わることのない学校での漢字教育には大きなギャップが生まれているのです。テクノロジー時代に必要な漢字力とはどのようなものか。また、その必要とされる漢字力を発達させるためにどのような漢字教育が必要かということを、今回のセミナーで考えてみたいと思います」。
そして、日本の文化庁文化部国語科が行った「国語に関する世論調査」に触れた。「同調査によると、日本では手書きする人の数は年々減っています。その結果、漢字を正確に書く力が衰えていると感じる人が増えています。逆に(選択肢が出てくることで)手書きの時には書けなかった難しい漢字を使うようになっています。「挨拶(あいさつ)」や「齟齬(そご)」「顰蹙(ひんしゅく)」など手書きの時は漢字で書かなかったのに、パソコンを使うことでそれらを漢字で書く人が増えています。これは非常に興味深いことです」。
ダグラス教授は、「デジタル時代の漢字力とは、漢字の語彙の意味を知っている、漢字の部分を成す基礎漢字の意味や音を知っている、文中でその語とほかの語を適切に組み合わせられる(コロケーション)ということです」と述べた上で、「2020年に開催された全米日本語教師連盟主催のウェビナーでも、ニューヨークの日系企業の役員の方が、『職場では漢字を書けなくてもいいが読めることが必要だ』 とおっしゃっていました。職場や日常生活で求められる漢字力も今や多様化していて、昔のようにこうでなくてはいけないということではないのです」と語った。
次に話題は「デジタル時代の漢字教育」へと移った。そこでダグラス教授は、「日本の学校の国語教育の現状」をいくつか論文を引用しながら紹介した。「日本では書いて覚えるという教育が依然として行われています。ひたすら書かせる教育以外の漢字教育の方法があることを、指導者自身が考えることが難しいと指摘する研究者がいます。一方、私のカリフォルニアの継承日本語学校で日本語を学ぶ児童を対象にした研究によると、教えられる立場の子どもたちはどうやって漢字を覚えようとしているかというと、字形と絵や物を連結させたり、対語や仲間の漢字と連結させたりすることで覚えていました。教わらなくても工夫して覚えています。丸暗記しているという学び方はごく少数でした。認知心理学の研究から見ても、丸暗記は記憶に留まりません。他方、学校では 漢字の知識を付ける教育に加えて、漢字を学習する力を身に付けるように指導すべきだと主張する研究者もいます」。
ここで、ダグラス教授は、日本に住む外国にルーツを持つ12歳のレオンくんが、自ら開発した「漢字ミッション」という漢字学習法を紹介したビデオを流した。彼は、「ドリルで漢字を覚えることは今の時代に合っていない。パズル形式の漢字ミッションに挑戦することで人は楽しく漢字を学べる。これこそアクティブラーニング」と、短い動画の中で「漢字ドリル」から「漢字ミッション」に移行すべきだと語っている。
この動画を紹介した後、ダグラス教授は「彼のように漢字学習を自由な発想で行うことに大変感銘を受けました。自分なりに学習を工夫することの良い例だと思います」と、漢字学習法を学ぶ側が工夫することは素晴らしいことだとコメントした。
続いて、長野県の高校生が作成した「漢字テストの不思議」という動画で、漢字テストの採点方法において、なぜ教師間でばらつきがあるのかについての動画の一部も紹介された。この動画によると、実は採点の基準は本来、常用漢字表を基にすべきだが、実態としては採点する教師自身が習った知識に頼っている場合が多いために、漢字テストで生徒が書いた漢字を正解とするか間違いとするかに教師間で違いが出てしまうということが分かった。
ダグラス教授は「この動画を作成した高校生たちもあっぱれです。教師や保護者は自分が習った方法しかない、それが一番だという信念に従って教えようとしますが、そこからくる矛盾を見事言い当てています 」と、教える側の個人的な信念は、入学試験での成績にも影響を及ぼす可能性があるので、注意すべきだと警告した。
最後にまとめとして、「漢字は字ではなく語彙として学ぶ必要があります。漢字教育は何度も書いて覚えることに重点を置くより、漢字の覚え方を子どもが工夫していることに注目して、漢字学習力を高めていくことが重要です」と語り、さらに「物事が時代に応じて進化していく時には昔から行ってきた方法を『これでいいのか』と検討し、新しい方法にパラダイムシフトしていくことが必要になります。漢字教育にも、そのパラダイムシフトが今こそ必要なのではないかと考えます」と締めくくった。