2024/8/5
去る6月21日(金)、移民法専門のフラゴメン法律事務所の荒木信太郎さんと三輪・ドロジェンスキー咲絵さんを講師に迎え、第251回JBAビジネスセミナー「2024年米国大統領選挙が企業のビザ手続きへ与える影響を読む」をオンラインで開催した。
[講師プロフィール]
荒木信太郎さん
フラゴメン法律事務所ニューヨーク・オフィスのパートナー弁護士
ビジネス移民法専門の日本人弁護士として、30年近くにわたり日米の企業に米国の移民法、国籍法およびそれらにまつわる規制、米政府の政策、企業のコンプライアンスなどについて指導。明治大学法学部およびウィスコンシン州立大学ロースクール卒。ニューヨーク州弁護士。
[講師プロフィール]
三輪・ドロジェンスキー咲絵さん
フラゴメン法律事務所ニューヨーク・オフィスのアソシエイト弁護士
ビジネス・イミグレーションを担当し、Eビザ、Lビザ、Oビザ、永住権取得に関する経験を持つ。上智大学卒業後、日本の法科大学院を経て司法試験に合格。日本で弁護士として勤務した後、ノースウェスタン大学のLLMを修了後にニューヨーク州、カリフォルニア州の弁護士資格を取得。
今回のビジネスセミナーは、今秋に迫る米国大統領選挙戦の結果で、日系企業のビザ手続きにどのような影響が生じるかを予測するというテーマで、移民法専門の法律事務所としては世界最大規模を誇るフラゴメン法律事務所の荒木さんと三輪さんの両弁護士にお話しいただいた。
最初に、荒木さんは過去4年のバイデン政権がどのような移民法施策を行ってきたかを振り返った。「バイデン大統領は就任早々に、前のトランプ政権での移民面に対する厳格な運用を180度転換する大統領令を発令しました。それは主に手続きについての透明性、予見可能性を取り戻すことでした。具体的にはH-1ビザの申請資格についての再定義を行いました。基本的にビザ申請の対象となる職業の幅を広げたり、また米国の大学卒業後に提供される就労資格OPTが切れる5月からH-1の抽選に合格してビザが付与されるまでの4カ月のギャップの期間も米国で働けるようにする措置を施したりするということです。また、移民局が就労ビザの認可の審査をする際に、過去に同じ人、同じ会社でのビザ認可があった場合には、最初の審査結果を尊重するという方針もあらためて大統領令として採用されました。トランプ政権では、ビザの申請に対する審査は、前回の審査結果に関係なく新たに行われるという方針だったためで、バイデン政権ではその緩和をルール化する方針を表明したのです。さらにバイデン政権では、ドリーマーと呼ばれる、親の米国への不法入国に伴い長い間不法滞在を続けている人たちに対する救済策を出しました。これは、ドリーマーのグリーンカードや就労ビザ取得を促進するような施策です」。
荒木さんはバイデン政権について、前述のようにビザ申請者に対してはハードルを低くする一方、企業に対してはさまざまな規制を課してきたのだと説明を続けました。「外国人が米国内で就労ビザやグリーンカードを申請する際、その仕事は本当にアメリカ人にできないような仕事なのかがこれまで以上に問われるようになりました。実際に、外国人に対する求人活動が米国人の雇用の機会を奪うという司法省の訴えが増加しており、さまざまな業種のIT関係の企業など数十社が訴えられています。その結果、外国人をこれまで積極的に雇用してきた米国の大手企業が、当面は外国人にグリーンカードをサポートしないという方針を表明するようになっています。さらには、申請内容と同様の仕事を実際にやっているのかについて監査も入っています」。
荒木さんは、バイデン政権からトランプ政権へと交代した場合は、「バイデンが発令した大統領令は失効すると同時に、STEMで働いている外国人のグリーンカードや就労ビザをサポートしようとする方向性は後退し、ドリーマーに対する人道的な施策も後退するはずです」と述べ、三輪さんにバトンタッチした。
三輪さんは第一次トランプ政権時代の移民施策を、次のように振り返った。「トランプ大統領の一番のスローガンは“Buy American, hire American”でした。つまり、『アメリカ製品を買おう、アメリカ人を雇用しよう』ということです。常にアメリカ人の利益を守ることを第一優先とし、移民局でのビザ申請が通りにくく、申請料金が高騰し、(ビザをサポートする)外国人に求める最低賃金が高くなりました。H-1ビザに関しては、エリートのトップの人たちだけが取れるようにしようという方針でした。そして、新規申請ではなく更新案件の場合でも、過去に一度認可されているかどうかは関係ありませんでした。アメリカに基盤がある方々でも、突然更新が却下されました。しかも、追加の資料を出して再検討してもらうという猶予もなく、即刻ビザ申請が却下できる方針も出されるようになっていました。トランプ政権時代には、それ以前に13%だったH-1ビザの却下率が実に24%にまで上昇しました。また、審査が長期化したために、結果が出ないことで身動きが取れないという事態も多く見られました。透明性が下がり、私たち弁護士も政府とコミュニケーションを取ることが難しかったのは事実です」。
最後に荒木さんは、トランプ政権へと交代した場合の施策の予測と、それに備えて日系企業が備えておくべきことについて、「トランプの主張は以前と変わっていません。アメリカファースト主義でアメリカ人の雇用を優先していきます。第二次政権が誕生しても、その部分は変わらないと思われます。さらに前回に発令した入国禁止令についても懸念されます。前回のトランプ政権時代には、イスラム教徒の米入国を禁止しました(後に違憲判決)。次回、トランプ政権になれば、このような入国禁止や、ビザの申請手続きに関して、追加の事務手続きが増えてくることが予想され、さらに駐在員の帯同家族の滞在期間延長のための申請も慎重に審査されることで、審査期間が延びることが考えられます。また、在日米国大使館でのE-1、E-2、ブランケットLビザ、J-1などの申請の審査も、第一次政権時同様に面接の際に詰問を受けたり、却下されたりする事例が増えることも想定されます」と解説した。そして、以上の予想されることを踏まえて、荒木さんは企業としての対策を次のように挙げた。
そして、「最も重要になるのは、移民法や規則に沿った対応という法律業務の当然の方針を守ることでしょう。在日米国大使館の就労ビザ申請に対する寛大な措置や対応を当然として受け入れるのではなく、ビザの選択や申請書類に記載する内容が、法律や規則に照らし合わせて正しい選択であるのか、情報は十分なのかなどを見直し、法律に沿った対応をするべきでしょう」と語り、政権交代を視野に万全の策を講じておくことが強く推奨された後、今回のセミナーは幕を下ろした。