2019/1/1
去る11月22日、トーランスのMiyako Hybrid Hotelで第223回JBAセミナーを開催した。今回は「調停裁定と和解協議:勝つための戦略」と題され、北川&イベート法律事務所の北川弁護士が、訴訟社会アメリカにおいて裁判なしで和解を実現させるための戦略について詳しく解説した。
[講 師]
北川リサ美智子さん
大手法律事務所を経て1993年北川&イベート法律事務所を設立。在米日系企業の法律顧問として相談業務、クライアントのビジネス法関連をサポート。カリフォルニア州、テキサス州、ニューヨーク州、ジョージア州の弁護士資格を保持。東京大学研修・京都大学法学修士。米国連邦最高裁判所認定弁護士。
セミナーの冒頭で北川弁護士は自らの経歴について紹介した後、26年前に独立し、現在は日系企業がアメリカで成功するための事務所を立ち上げ、日系企業の現地法人が抱える問題に取り組んでいると続けた。
大手の法律事務所を相手に勝訴した実績も多い北川弁護士だが、必ずしも法廷で闘うことが良いというわけではなく、実際に多くのケースが裁判所に持ち込まれる前に調停で和解していると話す。「ほとんどのケースが裁判前に解決されます。その理由としては、アメリカでは訴訟が多過ぎるために裁判所も裁判官も足りていません。そこで裁判に持ち込む代わりに調停で和解しましょうという流れになるのです」。
その証拠として、カリフォルニア州地方裁判所の書面に記述されている次のような文章が紹介された。「この地域で毎年、何千もの民事訴訟のケースが裁判申請されるが、実際の裁判にいくのは1%にも満たない」。
続いて北川弁護士は、「調停と和解のメリットは、クレーム解決のための機会を与えてくれること、プロセスを踏むことで(裁判に持ち込むよりも)時間、労力、費用の節約につながるということです。そして何よりもコンフィデンシャルであるという点です。これは非常に大切です。パブリックの訴訟になったら、公共の記録として、その情報がインターネット上で検索できるようになります。訴訟の案件を新聞記者などが調べます。例えばセクハラのケースでも、大企業の場合、それに関わったスーパーバイザーなど、個人名もネット上に出てしまいます。その結果、会社の評判を落とすことになります。できるだけ早く和解したほうがいいです。調停は裁判でそのケースの情報が世間に知れ渡ることを防止するというメリットがあるのです」と話し、今は調停のプロセスも直接対面式以外にスカイプなどで行うことができる点から日本の親会社など遠隔地の関係者にも便利だという点を強調した。「調停できるのは、ビジネス契約、雇用、不動産、担保、保険などの検討事項に関する案件になります」。
また、裁判に持ち込まれた場合、その裁判が行われる場所によって、文化の違いから日系企業にとって不利になることも十分考えられるとの説明が加えられた。「アメリカは50州から構成されており、それぞれの州によって文化が大きく異なるという点が特徴的です。南部には日系企業が増えていますが、そのエリアには奴隷や差別の歴史があります。安易に取り組むと日系企業は負ける可能性が大いにありますので、十分な注意が必要です」。
調停は、当事者と弁護士との調停手順をまとめた契約書のやり取りから始まる。契約書には手順、場所、費用、守秘性が盛り込まれる。多くの場合、当事者の面会から始まり、調停者がプロセスを説明する。調停者や和解裁判官をどのような人々が担当するかについては、「引退した元裁判官、弁護士、また弁護士でない人も選ばれます」と説明した。そして、秘密保持契約書に署名した後、調停のための審問が開始される。当事者それぞれに別々の部屋が用意されることもあり、その場合は、調停者が部屋を行き来する。もしくは、調停者が一つの部屋に留まり、当事者が別々に出入りをして審問を受けるという方法が取られる。調停者がケースについてそれぞれの関係者と個別に話をしていく中で、和解協議プロセスに進む。
「調停および和解協議に勝つために一番重要なのは、誰を説得するかということです。決断はトップの人が下します。つまり、解決する権限を持っている人、相手の決裁者に向けて説明を行います。パワフルな人が誰かを見極めることが重要です」。
次に和解交渉でのDo’sとDon’tsについては北川弁護士から次のように解説された。「まず、やるべきことは相手に対する敬意を示すこと、礼儀正しくすることです。アメリカには先輩、後輩の慣習がないため、礼儀が大切ではないと誤解するかもしれませんが、礼儀正しさは非常に大切です。怒ったり、憤ったりしていても、それを表面に出すべきではありません。また、握手も重要視されます。もともと握手の習慣はヨーロッパから来ており、手に何も武器を持っていないということを証明するために行うものです。たとえ、相手のことを好ましく思っていなくてもしっかりとした握手をしてください」。
そして、やってはいけないことについての説明が続いた。「まずは、会話中に頭を振ること。日本人は会話の中で頭を縦に何度も振り、うなずく癖があるように見受けられます。それは会話を注意深く聞いているという意味なのでしょうが、アメリカでは相手の言うことを理解している、同意しているという意味だと受け取られます。これは非常に不利で、大きなミステイクです。そして、相手の話を遮って割り込むこと。顔をしかめたり、うなり声を出したりなど、その時の感情をあらわに出すような態度も慎んでください」。
さらに北川弁護士は、交渉のコツと戦略について、「勝ち取りたいことをリストにします。そして、大切なことから順番にランキングを付けます。その中で、勝ち取りやすい簡単なことや重要度の低いものから交渉を始めて、順番に難しく重要度の高い項目に移っていくのです」と説明した。
また、相手に「ノー」を言わせないためには、「ここでも、やはり感情的な反応をしないこと、敵対するような行為を極力避けること、相手とのギャップを埋めること、最終結果がどのようになるのかを相手に教示することなどが役に立ちます」と付け加えた。
休憩を挟んで、北川弁護士は過去にあった困難なケースについて紹介した。
「ある日系企業を4人の女性が妊娠差別で訴えました。女性たちは書面にしてシングルラインで22ページにもわたる、延々と長い不服を訴えてきました。同企業の担当弁護士はまず、インベスティゲーターを雇って、彼女たちのバックグラウンドを調べました。その結果、その中の1人の女性の実状が浮かび上がってきました。彼女のボーイフレンドは作家志望で定職についていなかったのです」。
つまり、そのケース全体が彼女のボーイフレンドの空想から作られたものであり、彼女が他の女性に働きかけて大金を獲得するために訴えた可能性もあると考え、企業の担当弁護士は徹底的に論破した。「要は、勝つためには相手側のストーリーを素直に聞くのではなく、創造的戦略をもって自分たちにとっての(企業側の)ストーリーで戦うことが重要なのです」。
続いては、ある南部の州での債権回収の実際の事例が紹介された。「債務者にはお金がありませんでした。しかし、その人の父親に資産・預貯金があることが分かりました。さらに、その父親が銀行法違反をしていることが見つかったため、債権者側の弁護士はその父親と預貯金先の銀行も訴えました。すると父親のプライベートの弁護士が出てきました。相手方は、最初の自己紹介の段階では怒りをあらわにしていました。債権者側の弁護士は彼を観察し、作戦を練って、最終的に和解に持ち込みました。最後は皆で握手することができました」。
そして、日系企業に向けて北川弁護士は、「訴訟を避けるための予防策は顧問弁護士とのコミュニケーションを密に取ることです。私の場合でも、よく相談してくださるクライアントさんは訴訟になることが少ないのが実情です。逆に『本社の法務部に弁護士がいるので大丈夫です』、または『英語が分かるので心配は要りません』とおっしゃる会社も少なくないですが、そのような場合は、訴訟になってから弁護士に依頼すると大ごとになります」と話し、日頃から不明な点や困ったことを、専門家に問い合わせるように促した。
最後に、北川弁護士は、依頼する弁護士の選び方については次のようにアドバイスした。「どのような弁護士に依頼しますか? 今はバイリンガルの弁護士は多過ぎる状況です。ですから、まずは相手の肩書きに注目してください。重要なのは、法律事務所のパートナーかどうか、ということです。その人がパートナーであればパワーを持っています。また、話をする相手が弁護士本人ではなく、弁護士のアシスタントや通訳者である場合には、誤解が生じる可能性もあります。したがって、直接訴訟弁護士からのアドバイスを仰ぐまでにいくつかの段階を踏まなくてはならなくなり、法務手数料などの費用および要する時間もかさみます。その案件の州の弁護士資格を持っていて、英語が母国語であり、実際の訴訟で勝訴経験がある弁護士本人と直接話すようにしてください」。