2019/12/1
去る10月24日、トーランスのMiyako Hybrid Hotelで第222回JBAセミナーを開催した。今回は「ブランデッド・エンターテイメント&コンテンツマーケティング」と題され、最新のマーケティング事情が紹介された。
[講 師]
鈴木智也さん
博報堂入社後、テレビC M制作などを担当。博報堂DYMPメディア環境研究所を経て、南カリフォルニア大学映画大学院プロデューサー学科に留学。2011年博報堂DYグループ・セガなどの出資を得て、STORIES®合同会社を設立し、CEOに就任。13年に米国子会社をLAに設立。
「良い商品やサービスを生み出せば必ず売れる」という考え方は過去の話。インターネットで商品の比較・購入が容易になった今、競争環境は激化し、日本からアメリカへの新規市場参入も容易ではない。そこで、今、注目を集める、ソーシャルメディア時代の新しいブランドコミュニケーションの形、ブランデッド・エンターテインメントについて、広告、映画、テレビ番組などの企画制作を行うエンターテインメント会社、STORIES(東京)、STORIES INTERNATIONAL,INC. (LA)の鈴木智也さんが、ケーススタディーを紹介しながら解説した。鈴木さんはまず、人の頭の中のポジショニングについて次のような例を挙げて説明した。「皆さんは、『電博』という言葉を聞いたことがありますか。この言葉は、博報堂の先輩が1970年くらいに考えたものと言われています。当時の博報堂のビジネスサイズは電通の数分の1程度しかありませんでした。しかし、『電博』という言葉を作ることで、企業の広告部・宣伝部の方々の頭の中でポジショニングを確保したのです。このように、予算がなくてもアイデアでマインドシェアを獲得した良い例と考えています(笑)」。
次に鈴木さんはメディア環境の変化について触れた。「メディアの世界では一体、どういうことが起きているのでしょうか。変化の中での解決策について話していきたいと思います。今はインターネットが、メディア環境の全てを変えつつあると言えます。しかし、恐れることはありません。映画という産業でさえ、約120年しかその歴史はないのです。テレビの歴史もまた70年しかさかのぼれません。だからこそ、インターネットの時代になり、どう変わっていくのか不安に思うのではなく、解決策を模索していくことが大事だと考えます。今日は皆さんにアイデアにあふれた、アメリカや世界で成功している事例を紹介していきます。皆さんのビジネスの参考になれば幸いです」。
事例を紹介する前に、鈴木さんは、マーケティングで重要なことは客観的な戦況分析だと述べた。「自らに都合よく解釈しないことが重要です。客観的に市場はどうなっているのかを見てみましょう。日本とアメリカでテレビ広告市場のサイズは1対10という割合です。アメリカの人口は日本の3倍なのに対して、ビジネスサイズは10倍もあるのです。皆さんの中には、東京でマーケティングをやっている時に6億円規模のキャンペーンをやったことがある方もいるかもしれません。日本であればそれだけの金額を投入すれば、テレビCMは結構流れます。ところが、アメリカで同じ額を投入したとしても、日本で6000万円くらいの効果しかないということになるのです」。
しかし、予算がないという場合、アイデアが鍵になると鈴木さんは続けた。「私が重要だと思うのは、ボールド&インサイトフルな内容で勝負するということです。ボールドは大胆。インサイトフルという言葉の意味は、普段は気付いていないが、指摘されたら分かるというようなことです。それによって人々の共感を獲得します」。
また、現在のメディアの状況に関して、広告のない媒体が好まれている状況が解説された。「自分が楽しんで視聴していたコンテンツが中断され、全く関係ないことを見せられる、それがテレビCMです。このような中で、アドフリーのサービスがサブスクリプションを伸ばしていますが、特筆すべきポイントは、全体のメディア接触時間が増えているという事実です。全てのメディアを含む接触時間は18歳以上のアメリカの大人で実に1日11時間。その11時間の奪い合いという現象が起きています」。
さらに、2018年はテレビ広告市場がインターネット広告市場に追い越された歴史的な年だったことに触れた後、今回のセミナーのテーマとなっているブランデッドエンターテイメントについて言及した。「これはエンターテイメントとの掛け算で(ブランドの)メッセージを伝えていくというものです。前提としてテレビCMはコンテンツを見ているところを突然止められてメッセージを無理やり伝えられるもので、ユーザー体験としては最悪であり、 時間を使って良かったなと思っていただけるようにメッセージを届ける必要があるということです。ブランデット・エンターテイメントという手法はインターネットが普及し始めた 2000 年頃に誕生しました」。
続いてブランデッド・エンターテイメントの中で過去に成功したキャンペーンの事例が映像で紹介された。
◉Aeromexico
“There are no borders within us”キャンペーン。メキシコから移動する際の一番の目的地はアメリカ。しかしアメリカからの目的地の一番はメキシコではない。まず、数人のアメリカ人にメキシコをどう思っているかインタビューした映像が流れる。多くの人がタコスは好きだが、メキシコに興味はないと答える。次にDNAテストを上記のアメリカ人に行い、何パーセント、メキシコの血が流れているかを発表する。その割合でAeromexicoの航空券の割引率が決まる。
「アメリカの人種差別的な側面を皮肉った痛快なアイデアです。多くの人の共感を得ることに成功しました。ビデオそのものが痛快なエンタメコンテンツになっています」。
◉Zappos
オンラインショッピングサイトのZapposの“Pay with a cupcake”キャンペーン。これは「Googleのフォトアプリでカップケーキを撮影したら、その場でカップケーキを進呈」というキャンペーンを行うトラックの横にZapposがダンボール箱を置き、カップケーキをその箱に開けられた穴に入れたら、何か良いもの(時計やサングラス)をあげるという仕組み。この模様を映像にして、SNSなどで流した。
「この映像は拡散されることを大前提にして作られています。ダンボールに人を入れただけの仕組み。200万円しかかかっていません」。
◉Always
女性生理用品の「Always」が2013年に仕掛けた“Like a girl”キャンペーン。「女の子のように走ってみて」「女の子のようにボールを投げて」と指示されて、「女の子」の仕草を揶揄したように表現した大人の女性、男性、少年の映像が流れる。次に実際の女の子たちに「女の子のように走って」と指示を出すと、彼女たちは思いっきり力強く走る様を見せる。
「この映像のメッセージは、言われてみればその通りというインサイトをついたアイデアで、“Like a girl”(女の子のように)はいい言葉として使われていないことに気付かされます。この映像には、女性用ブランドならではの強いメッセージが込められています。日本では女性のエンパワーメントが遅れていると個人的には感じています」。
◉Country Time Lemonade
レモネード・ブランドCountry Timeの“Legal Aid”キャンペーン。子どもが道行く人に販売するレモネードスタンドを営業してはいけないという様々な地域の法律や規制に対して「Country Time」が異議を唱える内容。
「同ブランドが子どもたちの代わりに罰金を払ってあげますよ、というメッセージを発して、コンプライアンスが行き過ぎているんじゃないかと訴えます。実際にこのキャンペーンで子どもが販売するレモネードスタンドが合法になるように法律が変わった州もあります。素晴らしいと思います」。
◉WFH
ハワイ観光局の“Work From Hawaii. Hawaii Tourism”キャンペーン。ニューヨーカーはワーカホリックでバケーションを取らない。しかし、バケーションではなくリモートで働ける環境のレジデンスをハワイ州内の6カ所に設けることで、「バケーションではなくワーケーションにハワイに来ませんか」というメッセージを伝える内容。
「ハワイと言えばバケーションというイメージを逆手に取ったものです。実際に結果も伴った、成功したキャンペーンになりました」。
◉Sandy Hook Promise
学校のライブラリーの机に書かれた「退屈だ」といういたずら書きを見つけた高校生。彼がその悪戯書きに返事を書くと、さらにその返事が書かれる。やりとりを重ね、2人はついに顔を合わせる。しかし、見つめ合う彼らの背後に銃を持った高校生が現れ、キャンパスは騒然とした雰囲気に包まれる。
「学校で起きた銃乱射事件の発端に彼らが気付くことができたのではないのか、というメッセージ。彼らが思いを募らせている間に、その背後で犯人の準備は着々と進んでいたのだということを映像で示しています。ラブストーリーかと思いきや、実際は銃乱射事件を未然に防ぐことを訴えるという落ちが絶妙。伝えたいメッセージを見事に伝えた成功事例です」。
他にもミシガン州の図書館閉館に抗議するキャンペーンや、人気eスポーツの「Fortnite」を利用したWendy’sのキャンペーンといった映像が紹介された。
次に、アメリカ以外の国で制作され、世界で評価されているプロジェクトの実際の映像などが上映された。
そして最後に、ブランデッド・エンターテイメントで成功するためのポイントについて、次のように鈴木さんは次のように語った。「まず1点目は、観客ファーストでなければならないということです。次に2点目は、大胆なアイデアかつインサイトフル、さらに社会性のあるメッセージを込めること。そして3点目は、作品としての完成度、クオリティーを追求するということです。大胆なアイデアかつ楽しめる内容であれば、メディアも無料で取り上げてくれます。ですから、予算が限られているのであれば、アイデアで勝負すればいいのです。とはいえ、中途半端なアイデアだと広がりません。まずは常識を疑い、その先に共感を呼ぶようなプロジェクトを作ることが重要です。そうすることで、AIやロボットでは作れない、優れたキャンペーンを作ることができるはずです」。