2019/11/1
去る9月27日、トーランスのMiyako Hybrid Hotelで第221回JBAセミナーを開催した。今回のタイトルは「駐在員が知っておきたい優秀な現地社員の育て方」。「アメリカの社員について学ぼう」と「現地社員を育てる方法を考えてみよう」の2部構成で行われた。
[講 師]
遠山明彦さん
USJP Business Advisors LLC代表。日系物流企業に勤務後、約20年にわたり4大会計事務所コンサルティング部で日米企業を担当。2009年にUSJP Business Advisors LLC設立。CFA(認定証券アナリスト)、CISA(公認システム監査人)、CPA(米国公認会計士)。
講師の遠山さんは最初にセミナーの目的と自身のバックグラウンドについて次のように話した。「アメリカではどんな会社にも現地社員はいます。だからこそ重要なトピックです。私はかなりアメリカに長い間います。米国企業4社に計20年、日系企業に3年勤めた後、10年ほど会社を経営しています。コンサルタントとしていろいろなことをしてきましたが、人材育成のスペシャリストではありません。コンサルタントとしてはアメリカの企業30社、日本企業100社くらいを担当しました。社員、上司、経営者、そして、コンサルタントとしての経験から皆さんのお役に立ちそうなことをお話したいと思います」。
第1部「アメリカの社員について学ぼう」の冒頭で、遠山さんはアメリカの転職サイトのコマーシャル動画を流した。その動画では毎年昇進できない社員が、他の社員の昇進を報告するミーティングに参加している時に、登録した転職サイトからの採用の知らせを受け微笑むというもの。「この動画からも分かるように、アメリカではより良い機会を求めて積極的に転職します。平均在社年数は仕事によって違いますが、全部合わせると1社に平均4年くらいです。それがアメリカの普通のキャリアの築き方です」。
次にアメリカの社員が転職するときに何を求めているのかについて遠山さんは、「日本では(アメリカの社員は)より高い給料の会社があったらよそに行ってしまう、ロイヤリティーがない、一生懸命教えてあげたのにいなくなっちゃう、とネガティブに言われることがあります。しかし、彼らは給料のことばかり考えているわけではありません」と、アメリカの社員が会社に求めるもののランキングを紹介した。2017年のSHRMの調査によると、1位は「会社の社員を重視する姿勢」、2位「報酬額」、3位「一般社員と幹部の信頼関係」、4位「雇用安定性」、5位「自分の能力を活用する機会」と続いた。「『会社の社員を重視する姿勢』は英語で言ったらリスペクトです。彼らにとってはそこにいる満足度、成長機会の方が重要なのです」。
アメリカでよく言われる“People leave Managers, not Companies”とは、会社が嫌いなのではなくて上司が嫌いで転職する人が多いという意味だと遠山さんは解説し、「社員が転職したくなる上司」のランキング(2018年「The Harris Poll for Yoh」)を紹介した。1位「部下を見下す」、2位「約束を破る」、3位「非現実的な期待をする」、4位「働かせ過ぎ」、5位「従業員の好き嫌いがある」と続けた後に8位の「マイクロマネージメント」について解説を加えた。「マイクロマネージメントとは、細かいことまで指示を出すことです。日本だったら悪いことではありません。しかし、アメリカでは『子どもじゃないんだからそこまで言うな。いつまでに何が欲しいかだけ言ってくれ』というように抵抗されます。マイクロマネージメントはアメリカでは悪いことなのです」。
その背景には、学校教育における日米の違いがある。「日米の学校教育で一番違うのは、日本では教科書がバイブルになっていて、それをいかに正しく網羅的に覚えるかが重要なのに対し、アメリカではいかに生徒が独自の考え方を作るかにフォーカスする点です」。
さらにこのような学校教育を受けてきたアメリカ人の社員の間にも世代による価値観の違いがあるため、世代別の対応が重要だと遠山さんは強調した。「人と接する時に相手の価値観を理解することは重要です。まず1946年~64年生まれのベビーブーマーは日本だったら団塊の世代です。彼らは一生懸命働いて家を買って、リタイアして悠々とした生活を送りたいという価値観を持った人々です。彼らには感謝の気持ちと次世代を育成してほしいという点を中心に伝えることが効果的です。次に65年~80年生まれはジェネレーションXと呼ばれます。彼らは仕事も遊びも一生懸命です。今、日本で働き方改革が叫ばれていますが、アメリカではジェネレーションXが世に出た30年くらい前にこの動きがあったのです。彼らとの付き合い方のポイントは権限を与えて自主性を尊重することです。そして、81年~96年生まれのミレニアル世代。生まれた時からコンピューターがあって、自由に情報が入って経済的にも豊かな彼らは、身勝手というか自己中心的な世代です。コピーなんて取りたくないし、毎年次のレベルに昇進したいと望んでいます。ミレニアル世代にはいろいろなことをやらせてみてください。新しいことに挑戦しますし、チームで取り組むことも得意です」。
また、社員を活かしていく上で、同一民族で構成されている日本と多民族、多言語、多文化のアメリカでは大きく異なるとした上で、「アメリカは個人でそれぞれの価値観が違うため、自分の思いをはっきり言わないと伝わらない国です。日本では職務定義が曖昧なままでも問題はありませんが、アメリカでは明確にしないと仕事が進みません。日本では努力と完成度が評価されますが、アメリカでは結果とスピードが重視されます。管理方法としては、ここアメリカでは仕事が出来上がってきたら“Oh great”とまず褒めてあげてください」と、アメリカでは細かな職務定義、結果重視、褒めて奮い立たせることが社員管理の鍵になると語った。
ここで視点を変えて、遠山さんはアメリカ人の社員の目に日系企業はどう映っているのかについて紹介した。「皆さんはここでは外国人です。日系企業はアメリカ人からしたら変わった会社なのです。私が紹介するのは、アメリカ人の社員やお客さんから聞いたことをまとめたものです。いいところがたくさんあります。態度が正直、謙虚、社員を大事にするといったような点です。また、その他の魅力として、そんな簡単に潰れないというものがあります。逆に彼らが日系企業の弱いところだと思っているのは、意思決定の遅さです。アメリカ人から見たら『意思決定してない』というレベルです。アメリカ人の社員から見た日本人駐在員は、指示する時は『うまくやっておいて』と曖昧な指示なのに、実際にやると『あれが違う、これも違う』と細かくフィードバックするという印象です。また、何を考えているか分からない、とも思われています。これは控えめな国民性のせいで、文化の違いですね」。
アメリカの社員の背景を理解した前半に続き、セミナーの後半では具体的な実践法について語られた。最初に遠山さんは、いい社員の育成のためにまず目を向けるべきは組織の新陳代謝である、と話し始めた。「人材を育成するには良くない人材を会社から除くこと、つまり解雇が必要です。日本だとあまりそういうことはしないから抵抗があると思います。しかし、これができないといい会社は作れません。人を切ることは給料が減ること以外にいい効果もたくさんあります。ネガティブな人は仕組みを改善することに協力的ではありません。そういう人がいなくなったら、これまでできなかったことができるようになります。解雇で訴訟を恐れているかもしれませんが、アメリカでは皆、“Employment At Will”という形で通常雇用していますから、基本的に解雇は可能です。年齢が高い従業員やマイノリティーの従業員が不当解雇のクレームをすることがあります。それを避けるには、普段から人事考課で社員の問題点を明確にして記録することです」。
いい社員を育成するための実践法その2は、マネージャースキルを強化すること。「日本人にとって私が大事だと思っているのは、ボディーランゲージを身に付けること。日本ではボディーランゲージがないに等しいので、ぜひ積極的に勉強してください。次に褒めることです」。
3つ目は職場の業務効率の改善に取り組むこと。前任者が決めたルールも、不要であれば廃止する。業務を標準化・自動化し、社員にはコンピューターではできない、やりがいのある仕事をやらせるといった前向きな業務改善を推進する。
4つ目は自分のビジョンを社員と共有すること。
5つ目はチームワークを醸成すること。ランチを一緒に食べたり、金曜にドーナツを職場に差し入れたりすることも効果的。「一般社員にリードさせましょう。社内イベントが4つあったら、春は営業、夏は総務だとか、部署ごとに担当を任せるのです。その準備を通じて、チームワークができます。駐在員の皆さんは積極的に参加してチアリーダー的に応援してください」。
6つ目は社員を知ること。「社員に近付きたいけど、本を読むと聞いてはいけないことがたくさん書いてあります。でも、人間だから家族の話もしたいでしょう。人種、宗教、年齢などはジョークでも絶対言わない方がいいですが、それ以外のトピックは、まず自分の話をしてみましょう。そうしたら相手も話してくるかもしれません。そこでこれまでと違ったレベルで関係性ができます。また、聞く前に『聞いていいの?』と確認しましょう。相手のことを知りたいという意思表示は大切です。誰でも自分に興味を持ってほしいのです」。
7つ目はスキルアップを支援すること。社員が「学習機会がない」と辞めてしまった場合の損害を考えると、社員1人あたりの教育費に年間数千ドルを使っても、結果的にはいい投資になる。「そのような機会を提供することで、『会社は自分たちのことを考えてやっている』というポジティブなイメージが伝わります。そのイメージが業界に浸透したら、人を雇う上でも有利になります」。
8つ目は、分かりやすい指示を与えること。指示の際に“Please” と“Thank you”を添えるかどうかで相手に与える印象には雲泥の差がある。
9つ目は社員を信じて任せること。マネージャーになりたいと言ったらしてしまう。失敗はあるかもしれないが、なることによって成長する。権限を与えて支援する。「勇気が必要な方法ではありますが、成功した場合は大きな成果が得られます」。そして、ポジティブなフィードバックをする。“I am happy you did this.”と言葉にプラスして、笑顔で言ってあげる。注意する時もダメ出しからではなく、いい点から言うことが重要。
アメリカ人社員の背景と彼らの育て方を解説した上で、最後に遠山さんは次のように締めくくった。「AI時代が来たと言われています。単純作業だけでなく、専門職、弁護士、医者、会計士の仕事の一部もAIに移行されていきます。しかし、AIは優秀な社員を育てることはできないのです」。