2019/7/25
去る7月25日、トーランスのMiyako Hybrid Hotelで第220回JBAセミナーを開催した。今回のタイトルは「移転価格税制の最近の論点と今後の動向について」。2部構成で2名の専門家が講師を務めた。
[講 師]
本木善規さん
EOS会計事務所(シカゴ事務所)税務プリンシパル。米国公認会計士。Ernst & Youngを経て2000年EOSニュージャージー事務所入所。在米日系企業の税務業務を20年以上にわたり担当。
[講 師]
堀田幸誉さん
EOS会計事務所(ニュージャージー事務所)税務シニアマネージャー。米国公認会計士。2003年EOS入所後、移転価格、税務、事業評価業務を担当。その後、他の会計事務所を経て2019年に再入所。
2017年のトランプ税制は企業の経済活動に直接影響を与える改正を多く含んでおり、米国税制は大きく変化している。また、米国移転価格税制も1986年以降、数度の重要な改正を経て現在に至っている。一方、OECD(経済開発協力機構)の租税委員会も、移転価格と多国籍企業に関するガイドラインに改正を重ねている。
今回のセミナーでは、移転価格に関心を持つ企業の担当者を対象に、詳細な内容や過去の判例、企業が取るべき対策について、第1部「米国移転価格税制と対応」、第2部「無形資産と米国移転価格税制」の2部制で解説が繰り広げられた。
第1部の担当講師は堀田幸誉さん。堀田さんはまず、米国移転価格税制の概要に触れた。「米国移転価格税制では独立企業間原則となっています。ここで言う関連者とは直接資本関係がある関連者だけでなく、間接的な関連者も含まれますので、これらとの取引は独立企業間原則が適用になります。また独立企業間価格の算定方法はベストメゾッドルール、つまり最適なメゾットを用いて算定することになっています。例えば棚卸資産取引の独立企業間価格の算定方法は、独立価格批准法(CUP法)、再販売価格基準法(RP法)、原価基準法(CP法)、利益批准法(CPM法)、利益分割法(PS法)が提示されています。この中で最も多く使われる算定方法はCPM法です。また関連者間取引には有形資産取引、無形資産取引、サービスや資金貸借の取引があります。最近は無形資産取引について関心が高くなっているようです」。
次に移転価格スタディー(移転価格の同時文書化)について「関連者間取引をもつ納税者は連邦税務申告書提出までに該当年度の移転価格について検証し、文書化することが求められています。この同時文書化はIRSの移転価格調査の際に追徴課税が発生し、場合によってペナルティーが課されることがありますが、同時文書はそのペナルティーを回避することができます。ただし、期限まで(税務申告書提出まで)に作成され、提出が求められたら30日以内に提出をし、そしてその文書に不備がないことが条件です」との説明が続いた。
米国移転価格税制に関して、IRSは2018年6月に税務調査の手順を公表している。これによると、移転価格調査は、1.プランニング、2.審査、そして3.解決の3段階から構成されている。
「まずプランニング段階ですが、既に提出されている資料や内部資料を基にIRSにて関連者間取引の確認、潜在的な移転価格のリスクの評価とその度合いについて評価します。また、IDR (Information Document Request)も作成され、納税者へ送られます。通常このプランニング段階で6カ月以上を要します」。
次の審査段階でオープニングコンファレンスが持たれ、納税者へ調査のタイムラインや進め方が説明される。納税者はプレゼンテーションで沿革や事業内容の説明、過去の財務諸表や移転価格のポリシーやプロセスについて説明をする。時にはキーパーソンとのインタビューや工場訪問もこの段階で実施され、より詳細な情報の提供が依頼され検証が行われる。そして最終的に、検証レポートや調査報告書が作成され、ペナルティーの検討もこの段階で行われる。タイムラインでは審査段階は17カ月以上かかると予想されている。
最後の解決段階ではIRS内部で確認された後、納税者に通知が送られ、調査が終了となる。納税者は調整内容に同意する、同意しない場合とそれぞれの手続きを取ることとなる。同意しない場合は不服申し立てとなり、次の段階へ進むことになる。
移転価格スタディー作成以外で、移転価格リスク回避を望む場合はAPAという制度があることが紹介された。APAは事前確認制度のことで、APAには一国間APA、二国間APAまたは複数国間APAがある。特に二国間APAは両国間の移転価格調整の係争リスクを回避できるだけでなく、2重課税のリスクも回避できるので、そういった意味では大きなメリットがある制度だということだ。
また、APAの申請料は、2018年に2回に分けて値上げが実行された。現在の新規APAの申請料は11万3,500ドルで、かなりの値上げとなっている。また一方で、IRSのAPAに携わる人員は2018年12月現在で56名のチームリーダー、12名のエコノミストと以前に比べて大幅に減少している。
第1部のまとめとして、「毎年、移転価格スタディーを作成し、該当年度の移転価格が適切に行われたかを確認することは大切です。これは年度が終わってから検証するのでどちらかというと受け身の対策になります。一方APAはコスト高ではありますが、今後の移転価格をIRSと同意するポジティブな対策で、移転リスクを回避できます」と締めくくった。
続く第2部では、本木善規さんが「無形資産と米国移転価格税制の最近の動向」を具体的な判例も含めて紹介した。
「移転価格と無形資産に絡む税法の基本は内国歳入法482条です。その原型は1917年に制定されましたので、100年以上の歴史があります。最初はたった一つの文でできている簡単な条文でしたが、数度の改正が加わり、2017年には3番目の文章が追加されましたので、今は3つの文章でできています。これから判例も紹介しますが、実際、IRSは訴訟では苦戦している状況です。また、無形資産の定義というものが時代とともに変わってきています。特許権、著作権は法的な意味での無形資産ですが、それ以外にもいろいろあります。最近では、のれん、継続企業価値、労働力が(無形資産に)付け加えられ、定義が拡張されています。これは、判例の影響もあり追加されてきたものです」。
本木さんは納税者対IRSの判例として、最初にAlteraのケースを取り上げた。「同社は、現在はIntelの子会社ですが、無形資産をたくさん持っています。子会社との間に研究開発について費用分担契約を結び、費用のプールの中に開発技術者の報酬を含めましたが、株式報酬を含めませんでした。これに対してIRSは『オールコストルール』に基づき、総額7100万ドルの4年間の追徴課税を行いました。これを不服とし、Alteraは租税裁判所に訴えた結果、Altera側の主張が認められました。裁判所はIRSが追徴金の根拠とした費用分担契約に制定上で不備があったため、レギュレーション自体が無効だと結論付け、一貫してIRSの主張を認めませんでした。ところが、巡回裁判所では逆の判断が示されました。『行政手続き上の要件については、理想的なものではなかったが、不合理と言えるほどのものではなかった』と、その有効性を認め、真っ向から違った判断を下しました」。
この巡回裁判所での判決は2017年の7月に下された。しかし、3人の裁判官のうちの1名が判決を下す直前に死亡したことで、一度出した判決を取り下げたという経緯がある。さらにそこから3人の裁判官を再度編成して、2019年6月に改めて判決が言い渡された。
判例の2ケース目は、医療機器製造販売業のMedtronic。「米国の会社です。この会社がプエルトリコの子会社とライセンス契約を結び、その際にCUT法に基づいてロイヤリティー率を適用しました。ところがIRSは納税者が使ったCUT法を認めませんでした。IRSによるBuy-ins評価額は36億ドル、Medtronic側の評価額は2億5000万ドルと膨大な乖離が発生、その結果、2015年と2016年で大きな追徴課税が生じることになりました」。Medtronicはこれを不服とし、租税裁判所で引き続き、議論が展開された。その結果、Medtronicが使ったCUT法をベストメソッドだと認定し、裁判所はMedtronic側の主張を認めることになった。
「そこで、第8巡回裁判所でさらに闘われました。巡回裁判所での結論は、『租税裁判所は略式意見を出したものの、それは判決でないので差し戻します。もう一度審理をし直しなさい。差し戻しの理由としては、CUT法には十分な検証がされていない』というものでした。CUT法が有効なのかどうか問題になった事例です」。さらに、この件に関して巡回裁判所は、検証が不十分でかつ議論も十分に尽くされていないと断定した。同社はプエルトリコの関連会社に50%の利益配分を行っている。しかし、通常の製造販社に過ぎない会社に、50%の配分はどう考慮しても多すぎるという指摘も成された。
そして、3つ目に紹介された判例は、Amazonを巡る係争中の案件だった。
「事業内容は説明する必要がない会社ですね。Amazonは、2000年当初、ヨーロッパでの事業拡大で、Amazon Europeという子会社を作り、費用分担契約を結びました」と、本木さんは事の発端を紹介した。
そして、Amazonは子会社に対して、ウェブサイトの技術、マーケティングIP、顧客リストという3つの無形資産を譲渡した。
「計算にはCUT法を使いました。ところが、IRSはDCF法を用いたために、Amazon側の価格と大きな乖離がありました。Amazon側は、DCF法は過去認められていないということを主張しました。そして、無形資産の有効期間(耐用年数)を永久に継続するという前提の下にIRSはDCF法を使っており、年数を経ても同じ価値を保つことはありえないため、仮定そのものがおかしいと反論したのです。2017年3月に下された租税裁判所の判断は、Amazon側の主張をほぼ全面的に認めるものとなりました」。その後、2019年4月にIRSが上訴を決断した。現時点では口頭弁論を開いたところで、まだ判決は出ていない段階である。巡回裁判所がどう出るか、果たしてIRSの逆転勝利となるのか、今後の行方が注目されるところだ。
そして、本木さんは両者が対立した計算法について次のように解説した。「Buy-in価格をどのように計算するかが論点になります。DCF法はM&Aなどで一般的に用いられる方法です。常に使われる方法と言っていいでしょう。ただ、税務訴訟の分野では人気がないのが実情です。DCF法が過去に認められたことはありません。否認され続けています。しかし、実は、最近はDCF法を認知していこうという方向に傾いています。IRSやOECDがその傾向に流れています。CUT法は優れた計算法ではありますが、適用するのが難しいとい言えます」。
これらの判例の論点となっているのは、取引価格の適正な評価である。この点について本木さんは、「取引価格を取引時点で評価することは困難です。取引が失敗することもあるし、逆に期待以上の大きな利益を生むこともあります」と予見や検証が実際に困難であると強調した。それを踏まえた上で、納税者側の対策として押さえておきたい事項は、「無形資産取引の精緻な事前プランニング」「無形資産取引の詳細な資料に基づく文書化」「紛争予防手段としてのAPAの活用」だと木本さんは改めて訴えた。
また、セミナー後の質疑応答では、「事業規模の大きな企業の方IRSに狙われやすいか」、「トランプ大統領の政策では、輸出企業が狙われるのか」といった質問に対して講師が率直に返答するやりとりが見られた。