JBA 南カリフォルニア日系企業協会 - Japan Business Association of Southern California

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2018/11/16

企画マーケティング部会 第215回 JBAビジネスセミナー報告「トランプ時代の中南米ビジネス~政治経済の最新動向~」

去る11月16日、トーランスのMiyako Hybrid Hotelで第215回JBAビジネスセミナーを開催した。今回のセミナー講師は、TWI Global Businessの水野亮さん。中南米リサーチャー&コンサルタントの観点から、各国の政治経済動向、トランプ政権の政策の影響、アメリカからの中南米ビジネスについて解説した。

水野亮氏
[講 師]
水野亮さん

TWI グローバルビジネスエグゼクティブ・リサーチャー/コンサルタント。アメリカ、ブラジル、タイなどで駐在経験があるほか、日本貿易振興機構(ジェトロ)在勤中に、中南米・アメリカ市場や通商政策などに関する調査業務に従事。中南米・アメリカ地域に幅広い人脈を有する。

 

中南米主要7カ国の政治経済

ASEAN10カ国とインドを合わせたくらいの経済規模を持つ中南米地域は、太平洋同盟(メキシコ、コロンビア、ペルー、チリ)とメルコスール(ベネズエラ、ブラジル、アルゼンチン)に大別される。太平洋同盟は、多くの国とFTA(自由貿易協定)を締結する自由貿易国の集まり。一方のメルコスールは域内の貿易が盛んである。水野さんによると、全般的に中南米の経済はアメリカと結びつきが強く、アメリカ経済の動向に左右されやすい。また、鉱物資源の国際価格や輸出量による影響も大きく、こちらも経済を見通す上で重要な指標となっている。中南米最大の経済規模を誇るブラジル市場の動きも重要だ。ブラジルは歴史的な景気後退に陥っていたが、2017年には上向きとなり、2019年の実質GDP成長率は2.4%と予想されている。「実際、ブラジルに足並みを合わせるように、中南米全体の実質GDP成長率は17年の1.3%から、18年1.2%、19年2.2%とゆっくり上昇しています(18年および19年は見通し)」と水野さんは説明している。

次に、今後の中南米を語る上でのキーポイントとして、18年に行われたメキシコ、コロンビア、ベネズエラ、チリ、ブラジルなどの大統領選挙を挙げ、各国共に大きな転換期を迎えていると解説。「国民の政治に対する不信感が頂点に達したのです。メキシコでは支配的な政党に代わり左派モレノ党からポピュリストのオブラドール氏が当選し、ブラジルでは政治腐敗徹底排除の期待から、極右派のボルソナーロ氏(19年1月就任予定)が選出されました。政治腐敗や治安の悪化に不満を募らせた国民がエスタブリッシュメントに "No" を突きつけた結果です」と水野さん。「新大統領の顔ぶれを見ると、メキシコを除き、今後の政策において共通するのは財政の引き締め強化でしょう。そしてビジネス推進を目指す方向に向かっていると言えます」。

続いて、太平洋同盟とメルコスールのそれぞれの政治経済展望に言及。太平洋同盟では全体的に堅調な経済成長が予測されているが、メキシコだけはオブラドール新政権による首都空港建設やエネルギー事業の見直し、財政運営の方向性が未知数な点が懸念材料と解説した。一方のメルコスールは、景気後退が心配されているアルゼンチンを筆頭に、国営石油会社PDVSAの債務問題を抱えるベネズエラ、極右派政権が誕生したブラジルにも不安な面が見られる。ただし、伝統的に嫌米で知られるブラジルでは、トランプ大統領崇拝を公言するボルソナーロ氏が当選したことで、トランプ大統領が提案しているアメリカとのFTA交渉が立ち上がる可能性が高まるなど、今後の二国間の関係に注目が集まっているという。

 

米中貿易摩擦は中南米にとってメリット

次に、水野さんは、アメリカと中南米の経済関係に大きな影響を与えているトランプ大統領の政策を紹介。対キューバ関係、TPP協定(環太平洋パートナーシップ)脱退など、すでに実施した政策に触れた後、NAFTA(北米自由貿易協定)に代わる新貿易協定、USMCA(アメリカ・メキシコ・カナダ協定)について説明した。「基本的に自動車分野のルール改訂に尽きます。大きく変わったのは原産地規則で、これまで62.5%だった完成車の域内調達比率の下限が75%に引き上げられます」。現在、メキシコに進出している日系自動車メーカーは比較的多くの部品や原料を日本や中国などから調達しており、このままでは75%ルールを順守できないため、今後はアジア産の輸入から域内調達への切り替えを余儀なくされると解説。ただしメリットも大きく、USMCA発効後、メキシコとカナダは、アメリカが現在検討している自動車関税引き上げ措置からの除外を担保される。従って実際に関税が引き上がれば投資先としてのメリットが格段に上がることになる。

水野さんによると、USMCAは18年9月に暫定合意し、11月30日の署名に向けて進んでいるが(18年11月16日現在)、議会承認手続きは19年以降に始まる見通しだ。「11月のアメリカの中間選挙で下院議会で民主党が圧勝し、多数党を奪還しました。これによりUSMCAの発効に影響が出ると言われています。トランプ政権と対立している民主党はこれまでの『恨み』から簡単にUSMCA実施法案を通さない可能性があります。これに対してトランプ大統領は米国のNAFTA脱退をチラつかせるなどの手段に出る可能性もあり、対立が深まるリスクがあります」。

トランプ大統領は今年1月に全世界からの太陽光パネルや家庭用洗濯機の輸入に対して関税を引き上げ、さらにその後、鉄鋼・アルミ製品にもそれぞれ25%および10%の追加関税を発動した。自動車・自動車部品の追加的関税措置についても調査中だという。これらの通商政策の影響は甚大で、世界各国との貿易摩擦は激化する一方だ。これを受け、アメリカ国内の輸入企業は、製造・調達先の変更や、タリフエンジニアリング、製品別適用除外などで節税しようと必死だ。また、メキシコとの間でUSMCAに合意したことで通商や移民問題、国境の壁問題を巡るメキシコ「イジメ」はひと段落し、今では矛先を中国に向けていると解説。それを裏付けるように、中国に対してはセクション301条に基づいて、これまでに3段階の追加関税引き上げ措置を実施しており、さらに2670億ドル相当の輸入品へも追加関税を検討しているという。「対中関税措置は、既存の法律の下、トランプ大統領の権限で行っていますが、この件に関してはむしろ民主党も同意しています。おまけに中国に脅威を抱く国民も多いので、これから大統領再選に向けて、世間に強いアメリカをアピールしたいところ。しばらくは中国いじめが続くでしょう」と水野さんは分析している。

こうした米中貿易摩擦の中南米への影響について、水野さんは、金融の不安定化や経済の停滞、輸入調達先の変更などを示唆。しかし、アメリカと中国は中南米から資源や製造品を輸入しており、同2カ国間の関税引き上げで、一時的にメキシコ、ブラジル、アルゼンチンには需要が生まれるというメリットがあるという。「例えば、ブラジルは、アメリカの鉄鋼輸入に対する追加関税によって鉄鋼が、そして中国のアメリカに対する追加関税によって大豆の輸出が大きく伸びています。国連機関が出した試算によれば、米中貿易摩擦と両国報復措置により、中南米は対中輸出が5.2%も増加する見通しです」。

 

中南米の「ゲートウェイ」アメリカを利用

最後に、水野さんは、日系企業と中南米諸国間のビジネスについて解説し、中南米のゲートウェイとして、アメリカのインフラやリソースを利用することを提案した。「日本と中南米では地理的距離や時差、異なる文化や言語、情報の欠如など多くの壁がありますが、アメリカから中南米諸国にアプローチすれば、その多くを解消することができます。例えばロサンゼルスからメキシコや中南米各都市は、飛行機で4時間程度。マイアミからの中南米諸国への就航便は多く、日帰りで出張できるほどです」。日本からは遠く開拓が困難な中南米も、アメリカからであればハードルが低くなるというのだ。アメリカ企業が中南米にアプローチする際は、本社からに加えて、中南米ビジネスに適したマイアミ、ニューヨーク、ヒューストン、アトランタなどの都市に専用の拠点を構えるケースが多いようだ。例えばマイアミには中南米諸国の総領事館や商工会議所、法律事務所、コンサルティング、マーケットリサーチ、メディアなどが豊富にあり、ビジネスサポートが万全。また、2050年には、アメリカ人の3人に1人がヒスパニック系になる。言語や文化に精通したヒスパニック系従業員の雇用により、企業が抱える問題が解決し、中南米市場へのアプローチが容易となる。「ヒスパニック系と言っても、カリフォルニアはメキシコ系が主流ですが、マイアミにはキューバやブラジル、コロンビア系などが多く、非常に多様です。ですから、マイアミではターゲットの国に合わせた人材を雇っている企業も少なくありません」。

アメリカから中南米にアプローチするメリットはほかにもある。アメリカは多くの中南米諸国とFTAを結んでおり、例えば、2012年発効のアメリカ−コロンビアFTAで、コロンビアは、アメリカからの輸入に対する関税をほぼ100%撤廃。加えて、コロンビアには代理店保護法(売り主が代理店との契約を一方的に終了する場合に補償義務が生じる代理店保護条項)があるが、これもFTAによって在米日系企業含むアメリカ企業に対しては不適用。日本企業にとっては、関税のみならず、サービスや投資など幅広く相手国に自由化を求めるアメリカは、中南米でのビジネスの大きな足掛かりになるというわけだ。

現在、日系企業の中南米諸国への進出の流れは、日本の本社から直接またはアメリカ現地法人からというのがメインである。例えば、メキシコでのビジネスは、アメリカ現地法人が関わっている場合が多い。同様にアメリカからのアプローチが見られるコロンビアでは、治安改善や中間所得層が拡大したことを受け、日本企業の再進出や新企業の進出が増えている。医療機器、金融、物流、食品、ヘルスケアなど分野も幅広く、製造工場やコールセンターも増えているという。一方、ブラジルへの投資は日ブラジル租税協定や投資額自体が高額となる場合が多い理由で日本からが多いが、取り引き自体はアメリカからの場合も少なくない。ブラジルから中南米諸国にアプローチする場合もあるが、情報が少ないことや、アルゼンチンとの対立問題など、さまざまな理由から不便であり、過去には拠点をブラジルからアメリカに戻した企業もあるとか。

最後に、太平洋同盟の中でも、特にチリやペルーは、日本以外の多くのアジア諸国とFTAを締結しているが、それを知らずに関税を支払っている企業や業者もいるため、FTA交渉・締結・発効状況には常に目を配る必要があると水野さんは指摘。また、アメリカが脱退したTPP11も、これからイギリスや韓国、タイ、インドネシアなどが参加候補国として挙がっており、今後貿易フレームが大きくなることが予想されるという。「次期大統領の政策によっては、アメリカがTPPに再加入することも考えられ、そうなれば中南米を含め、将来的にEUと同等、あるいはそれ以上の巨大なサプライチェーンになるかもしれません。日本企業にとっても、大きなメリットをもたらす可能性があります」と結んだ。

第215回セミナー
セミナーでは、アメリカを拠点にした中南米ビジネス戦略についても詳しく語られ、参加者は熱心に聞き入っていた。

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