2017/12/21
去る2017年12月21日、カーソンのPorsche Experience Centerにて第208回JBAセミナーを開催した。日本の訴訟とは全く異なる手続きが数多くあり、非常に理解しづらい米国の民事訴訟。今回のセミナーでは、Jenner & Block LLPの正田美和弁護士が講師となり、在米日本企業には理解しづらいが重要なポイントを中心に、米国民事訴訟の実務について実践的な観点から解説した。
[講 師]
正田美和弁護士
日本の大手法律事務所で弁護士として勤務後、08年シカゴ大学ロースクールLL.M.を修了。現在はJenner & Block LLPにて、数多くの日本企業を代理。カリフォルニア州、ニューヨーク州、日本(日本は現在休会中)の弁護士資格を有する。
日本でも弁護士として活躍した後に渡米し、10 年近くにわたってアメリカで弁護士として日本企業をサポートしてきた正田弁護士。このセミナーでは企業が関わる民事訴訟を中心に、日米の違いやアメリカの一般的な民事訴訟の進め方について解説した。
アメリカでの民事訴訟は、まず日本同様、訴状が提出され、訴状を相手に届ける送達という手続きから始まる。その後トライアル(Trial、本訴)に先立ちプレトライアル段階に入る。「プレトライアル段階の手続きは時間もお金もかかり、かつ訴訟の多くはこのプレトライアル段階で終わります」。プレトライアル段階とは、トライアルで提出する証拠を集める段階、かつトライアルを行わずに訴訟を終了できないか試みる段階である。この段階では裁判所の関与は少なく、原告側と被告側の弁護士間で協議をし決定事項を裁判所に伝えることが多い。当事者間で決まらない場合は裁判所に判断をあおぐ。
プレトライアル段階での重要な手続きが「Discovery(証拠開示手続)」であり、これはトライアルで提出する証拠を収集するもの。「『真実を徹底的に追求する』、これがアメリカの訴訟の考え方です。その文書や資料、情報、知識が自分にとって有利か不利かは関係なく、その訴訟に関係あるものは全て机上に乗せなければなりません。これは義務であり、違反すると非常に厳しい制裁が科されることがあります」。
Discoveryにはさまざまな手続きがある。その一 つ、「Request for Production of Documents(文書提出要請)」では、どのような文書の提出を要請するか記載された書面が送付される。ほかには「Interrogatories(質問書)」があり、「◯月△日の会議の参加者の名前を記せ」といった質問が届く。いずれも受け取った側は「要請の範囲が広過ぎる」「訴訟には関係ない」などと異議を申し立てることが多い。このほか「Deposition(供述録取)」や「Admission(認否要請)」「専門家証人の報告書提出、供述録取」な
どがある。
このDiscoveryだが、訴訟の当事者ではない第三者に対し、「Third Party Subpoena(第三者に対する召喚状)」が届き、文書の提出や供述録取を求められることがある。「無視すると制裁を受けることがあるので、受け取ったら必ず対応しなくてはいけません。自分で弁護士費用を負担して弁護士を雇うことになります」。Third Part Subpoenaを受け取った場合は、自らも訴えられる前段階にいることもあるので、注意が必要だ。
例外的に証拠開示義務の対象外となるのが、「Attorney-Client Privilege(弁護士と依頼人の間の秘匿特権)」で保護されるものである。保護されるには、依頼人と弁護士が、ビジネス目的ではなく、法的なアドバイスに関してコミュニケーションを取っており、かつ秘密性が意図され維持されていなければならない。もし第三者が内容を知った場合は、秘匿特権では保護されなくなる。秘匿特権の範囲だが、法的な役割とビジネス的な役割の両面を担う社内弁護士は、秘匿特権が適用されるとの推定はなく、該当するコミュニケーションを弁護士としての立場で行ったことを明確に立証する必要がある。一方、日本企業内によく見られる弁護士資格を有しない法務部員については適用される可能性は極めて低い。
正田弁護士は続けて、秘匿特権が適用される「依頼人」の範囲やEメールの件名や冒頭によく見られる「Privileged」の記載理由など、秘匿特権についてよく聞かれる質問を具体的に挙げて説明した後、機密性の高い文書の取り扱いについても解説した。
なお、Discovery においては証拠開示を徹底するため、訴訟が合理的に予測される段階で関係ある文書を保全する義務が発生する。具体的な行動としてはまず「Litigation Hold Notice(文書保全通知)」を社内で発行する。「通知を出す理由は一つは文書保全義務を徹底するため。もう一つは訴訟相手と揉め、文書保全義務をきちんと行っていなかったと指摘された場合に『保全通知を◯月△日付で出しており、義務を履行していた』という証拠として提出する場合があるからです。揉める可能性が高い訴訟の場合は、証拠を作るために通知を出した相手
に受領の署名押印をもらうこともあります」。
関連文書を机上に乗せる手続きとして第一に文書保全があり、次に文書を収集する手続きがある。その後に来るのが文書のレビューである。文書が紙媒体であればスキャンをし、レビュー用のプラットフォームを使って、ある程度ふるいにかけて関係がなさそうな文書を除いた後、社外の弁護士が手作業で文書を確認していくことになる。
「つまり集めなければいけない文書の量が少ない方が弁護士費用を抑えられます。日本企業は一般的に紙の保有量が多い。できるだけプリントアウトはせず、する場合は印刷する人数を絞るだけでも書類の量は減らせます。また日本企業はEメールのCCに入っている人の数が多く、レビューをする際に同じメールが何通も出てきます。弁護士費用を抑えたいのであれば、普段からプリントアウトはできるだけしない、CC の数
も絞ることが重要です。また秘匿特権で保護されるものは開示する必要はないので、Eメールでも書類でも、それらをほかのものと別に分けておくと、収集段階で対象から外せるので効率的です」。
訴訟に巻き込まれることが想定されるアメリカの企業であれば、やり取りは可能な限り電話または直接会って行うなどして、Eメールやボイスメールは残さない方針を取るところもあるという。
レビューでは、自らの集めた文書に秘匿特権で保護されるものが含まれていないかなどを確認すると共に、訴訟相手や第三者からの文書も確認し、訴訟の中でどれが自らに有利に利用できるか検討していくことになる。英語の文書であれば若手のアソシエイトやパートタイムの弁護士に行ってもらい、弁護士費用をある程度抑えることが可能である。しかし問題はアメリカでの日本企業の訴訟であり、関連する文書のほとんどが日本語の場合である。「アメリカの法律事務所に日本人が数多く在籍していることはまずありませんし、在籍していてもその弁護士費用は非常に高いのが一般的です。日本語が母国語でなくとも、アメリカの弁護士資格を持ち日本語を話せる人もいますが、やはり日本語は難しく、ネイティブでないと誤解をしてしまう場合もあります。誤読により秘匿特権で保護されるはずの文書がいったん外に出てしまうと、取り返すのは大変です」。
おおよその文書が机上に乗った段階で、「Deposition(供述録取)」が行われる。日本の証人尋問のようなものだが、裁判所で行うわけではなく、あくまでプレトライアル段階のDiscoveryの一環として行う作業である。「文書についても関係あるものは全て開示するという考え方ですが、Depositionも同じで、証人(Witness)の持っている関連する情報を全て引き出すのが基本です」。
Deposition は法律事務所の会議室で行うのが一般的であり、裁判所は関与しない。通常、米国内であれば実施日程は1~2カ月ほど前から日程調整をすればよく、実施時間もフレキシブルであり、全員の合意があれば短縮したり延長したり、翌日に続きを持ち越したりということも行われる。ただし、日本にいる証人のDepositionの場合は別である。アメリカに連れてくることができれば手続きは同じだが、証人に訪米を断られた場合は、在日米国大使館で実施することになる。「東京の米国大使館のDeposition の部屋は通常半年後まで予約が埋まっており、予約が大変です。しかも通常それでは定められたDiscoveryの最終日に間に合わないので、裁判所に頼んで期限を延長してもらわなければなりません。かつ利用時間が限定的で、延長も翌日への持ち越しもできません。しかも通訳を入れた場合には 2 倍以上の時間がかかります。通訳を入れるかどうかは意見が分かれるところですが、私はその証人がどんなに英語が得意でも、英語を母国語としない限りは必ず通訳を入れます。Deposition は非日常的な場面であり緊張もしますし、それを外国語で対応するのはリスクが高いです」。なお供述調書に記載されるのは英語のみである。
この後、正田弁護士はそのほかの米国民事訴訟の特殊な点についてさまざまなトピックスを解説。米国の刑事事件における特殊な点にも触れた後、米国で外部弁護士を利用する際の留意点についても率直なアドバイスを行ってセミナーを終えた。