2017/9/19
去る9月19日、トーランスのToyota USA Automobile Museumで第205回ビジネスセミナーを開催した。昨今「コンシューマー向けIoT」が話題だが、シリコンバレーではさらに価値を生み出す機会が多いとして「産業IoT」が注目されている。その研究と日系企業などの取り組みについて、PARC, a Xerox companyの大橋アキさんが解説した。
[講 師]
大橋アキさん
PARC, a Xerox companyビジネスデベロップメントディレクター。米国のIT業界で勤務した後、日本のIT企業でコンサルタント、取締役などを歴任。2009年より現職。
このセミナーの講師として登壇した大橋さんは、シリコンバレーのパロアルトにある研究所PARC, a Xerox companyに勤務している。セミナーの冒頭では、同研究所でのこれまでのイノベーションや現在取り組んでいる課題などについて触れ、現在は人工知能やIoT(Internet of Things)の研究に積極的に取り組んでいると述べた。
「今日お話をするIoT、特に産業用IoTは、人工知能、IoTおよびスマートシステムズ、システム設計および製造という3つの分野の将来と深く関係してくるのではないかと考えています」と話し始めた大橋さんは、その技術について話す前にアーミーナイフを見せた。「何が言いたいかと言うと、さまざまなツール、技術があれば、それがそのまま役立つわけではなく、まず何が問題なのか、解決に必要なものは何かを理解することの方が重要だということです」。
問題を理解する方法はいくつかあり、同社で採用している方法の一つは市場調査である。それによってマーケットにどういうニーズがあるのかを把握する。同社が使っているもう一つの手法は、「エスノグラフィー」と呼ばれる文化人類学や社会学などで使われるアプローチで、対象者の生活の中に入って共に体験することで、対象集団を調査するものである。同社では1970年代よりこの手法を取り入れ、人が会社や生活の中でどのような行動を取っており、どういった問題があり、どうすればより良い解決策が得られるかを調べてきた。「新たな技術を生み出し、それを社会でどう使うかを考えるのも一つの方法ですが、もともと人間は何を実現しようとしているのか、どういうニーズやモチベーションがあるのか、どういう問題があるのかを理解した上で、ニーズにフォーカスして技術を生み出すのも一つの方法です」。
ここで大橋さんは77年に撮影された同社のエスノグラフィーの実例ビデオを紹介した。同社のコピー機を使用する人を写したそのビデオによって、それまでは消費者が技術を使いこなせない場合も、問題は消費者のリテラシーにあると考えていた同社幹部は、問題の本質は技術の役立て方にあったと理解し、それ以後、製品を生み出す際には技術者だけではなく、社会学者やデザイナーなどを参加させるようになったという。またエスノグラフィーの重要性も理解され、現在、同社のほとんどのプロジェクトにはこの手法が導入されている。
話題はいよいよ本題の「産業用IoT(Industrial IoT、IIoT)」に移った。「IoT」とはデバイスや乗り物、建物といった物理的な物がインターネットにつながり、その通信機能を使ってさまざまなデータを収集し交換することで相互に制御していく仕組みである。IoTには大きく分けて産業用IoTとコンシューマー向けIoTの二つがある。「産業用IoTは、製造や鉱業、農業、石油業、電力発電など6割くらいの産業に貢献できる可能性があると言われています。2012年には200億ドルの投資が行われており、20年には5000億ドルに増加していくとの予測もあります。また、30年には15兆ドルの価値を生むとも言われています」。
大橋さんは、現在使われている産業用IoTの例として、タイヤメーカーMichelinによるタイヤを紹介した。このタイヤにはセンサーと通信機能が付けられており、タイヤの状態を常にモニタリングできる。なぜそうしたIoTのタイヤを作るかというと、一つの理由はMichelinの新たなタイヤサービスである。これは従来のようにタイヤという物を販売するのではなく、走行距離に応じてタイヤ使用料を課金する新たなサービスで、利用者は支払った走行距離まで、タイヤの状態を気にすることなく、必要に応じてタイヤを交換してもらえる。その代わりにIoTを通じてMichelinがタイヤの状態を把握し、メンテナンス、交換などを行う。
もう一つの理由は、燃料の最適化のための情報収集である。燃料の使用量はタイヤの状態、運転方法、積載物などによって変わってくるが、そうしたデータを集めることで、フリート会社に運転方法を提案するなど、新たなサービスが生まれている。
「IIoTの利用法としては2つのステップがあり、一つ目は補修やメンテナンス、運営の最適化です。二つ目は新しい価値の創造です。新しい製品やサービス、ビジネスモデルを生み出し、それを使うことで新しい収入や利益を上げていくのです。現在のところは前者にフォーカスをしているケースが多いように思います」。
次に大橋さんはPARCで研究されている、まだ世の中にはないIIoTの技術を紹介した。「世間には多くのガスセンサーが出回っていますが、現在、当社はこれまでより安価で敏感なガスセンサーの開発に取り組んでいます。一つはガスに対して敏感に反応をするカーボンナノチューブを利用した、安価で設置しやすいセンサーです。これによりパイプラインや工場など危険な場所に人が入らずとも状態を確認できるようにしたいと考えています。
もう一つ開発中のセンサーは、バッテリーのための光ファイバーを使ったセンサーです。バッテリーは内側にセンサーを入れることが難しく、電流や電圧、温度などは外側から測っています。しかしそれは正確ではないため、バッファーを持たせて使用したり充電したりする仕組みになっています。しかし光ファイバーのセンサーを使えば内側から状態を把握でき、より効率良く安全にバッテリーが使用できるようになるのです」。
さらに、コンテンツ・セントリック・ネットワーキング(Content Centric Networking、CCN)と呼ばれる技術も紹介された。現在のネットワークは、コンテンツではなくパソコンや携帯、プリンターなどのデバイスが中心となっており、それぞれのデバイスにふられたIPアドレスをつないでネットワーキングしていく仕組みになっている。「しかし今の時代はデバイスではなくコンテンツが重要です。自分のデバイスをサーバーにつなげたいからではなく、コンテンツにアクセスしたいからネットワークを使っているわけですよね。CCNのアイデアはデバイスからIPアドレスをなくし、コンテンツにコンテンツアドレスを付けて、コンテンツを使ったネットワーキングをしようとするものです」。これにより効率が良く、安全性の高いネットワークが実現できるのだという。IoTはさまざまなデータを集め、必要なところに送るネットワークでできており、CCNとの親和性が非常に高いと大橋さんは話す。
休憩を挟んだ後、大橋さんはIoTの中でも非常に重要となるセキュリティーについて解説した。セキュリティー対策は部分的に行うのではなく、サイバーフィジカルシステム、つまりパソコンなどインターネットにつながっている機械にある物理的に物を差し込んだりするフィジカルインターフェイスと、インターネット経由でアクセスをしていくサイバーインターフェイス両方のセキュリティーについて、網羅的に対策を行う必要があるという。それらにセキュリティーレイヤーを入れ、安全にネットワークを管理する必要があり、それについては今後の取り組みが期待される。
続いて話題は「人工知能(AI)」に移った。昨今よく話題になるが、AIはブラックボックスであり、インプットからアウトプットにいたる理由の説明ができない。そこで「説明できるAI(Explainable AI、XAI)」が求められており、PARCでも研究を進めている。
「AIは必ずしもいつも正しいとは限りませんし、AIを騙すことも可能です。ですからAIがなぜそういう判断をしたのかを、人が見て判断する必要もあると思います。
またAIは複雑な課題になるとより多くの手続きを必要としますが、人間の場合は過去の経験などをもとに複雑な問題に対し比較的簡単に答えを出す場合もあります。人間がうまくできることとAIがうまくできることがあり、これからはヒューマン・コンピューター・ペアリング、つまり人間とAIが一緒にうまくやっていくことが必要だと思います。そのためには、人間とAIが理解しあう必要があります。その答えの一つがXAIであり、AIがなぜそういう判断をしたのかを人が理解できると、安心してAIが出した答えを信用できます」。
この後、JR東日本と野村総合研究所が共同で取り組んでいるメンテナンスのIIoT、スウェーデンのSandvikという製造装置制作会社のIIoTの事例が紹介され、IIoTの持つポテンシャルへの期待を込めたまとめの言葉で、セミナーは締めくくられた。