2018/2/22
去る2月22日、カーソンのPorsche Experience Centerで第211回JBA特別経済セミナーを開催した。当日は、みずほ総合研究所の新形敦さんと、みずほ銀行の平松正さんが講演。トランプ政権前後における通商や為替政策などを列挙し、アメリカ経済と金融市場の展望を解説した。
[講 師]
新形 敦さん
みずほ総合研究所ニューヨーク事務所所長。1997年、現みずほ総合研究所入社。在米日本国大使館(外務省出向)、ニューヨーク事務所、金融調査部、経済調査部等を経て、2015年より現職。専門は日米経済、国際金融、金融機関経営の分析など。
平松 正さん
みずほ銀行米州資金部次長。入行後、1996年より市場部門において、主に金利・為替のセールスおよびトレーディング業務に従事。2013年より現職に就く。現在、アメリカの市場セクションの金利・為替トレーディング業務を統括している。
第一部では、新形さんがアメリカ経済の状況について解説した。2017年の第2四半期以降、アメリカ経済は3%前後の安定した成長率で推移。堅調な個人消費と設備投資の継続的な回復などから、現在は量(成長率)、質(中身)ともに良好であるとし、18年にかけても景気拡大は続くとした。しかし同時に、アメリカ経済にはアキレス腱とも呼べる3つのリスクがあるとも語った(後述)。
今年は「雇用統計」と「原油価格」の2つの指標に注目したいと語る新形さん。その理由を、「雇用統計は、雇用増加に伴う所得増加が個人消費と負債管理の持続性を占い、原油価格は設備投資の帰趨を左右する可能性があるから」と解説した。
次に、経済の2本柱、「個人消費」と「設備投資」に話題が移った。アメリカGDPの70%を占める個人消費は、極端に強いわけではないとしながらも、16年春以降は持ち直し、安定的に推移。小売り売上高も17年後半から勢いづいている。GDPを産業別に見ると、その約7割をサービス業が占めている。つまり、アメリカはサービス主体の経済で、鉱業(エネルギー)や製造業が不振でも経済が回る構造となっている。だが、大規模な設備投資を行うのは鉱業や製造業。これらの産業はGDP全体に占める割合は小さいが、業績が好調で、17年以降の設備投資回復に貢献しているとした。
また、税制改革も短期的には成長を後押しする要因となっており、新形さんは「従来35%だった連邦法人税を21%に劇的に引き下げるなど、17年末の税制改革成立はトランプ政権発足以降、初の大きな政治的実績です」と評価した。
冒頭の「3つのアキレス腱」を、(1) 株価の動向、(2) 自動車販売の減速と不動産価格の高騰、(3) トランプ政権の政策運営とした新形さん。それぞれについて、以下の通り解説した。
(1) 株価
株式の下落は個人消費鈍化の大きな要因となるが、アメリカ人は日本人以上に株を所有しており、株価動向が個人の消費行動を直接的に左右する。新形さんは、「確かに現在、株価は下落しているが、アメリカ経済が活気づいている上、企業の業績も好調のため、少々の混乱はあっても数カ月で回復するだろう」と見ている。
(2) 自動車と不動産
自動車販売台数は昨年から減少。それに伴って生産台数も減少している。これについて新形さんは、「自動車産業の不振がアメリカ経済全体に与える影響はほとんどない」としている。前述の通り、アメリカのGDPにおける製造業の割合は小さい。自動車は製造業であるため、経済全体に与える影響が軽微であるというのだ。
不動産については、一戸建ての住宅市場は少々過熱気味の印象があるものの、全米レベルで見るとリーマンショック前(07年)の水準に戻った程度でしかないという。同時に、物件の在庫が足りない状況でもあるため、今後も一戸建て市場の回復は見込めるとした。むしろ過熱感があるのは、集合住宅をはじめとした商業用不動産市場。価格上昇は急激で、すでに07年水準を大きく上回っている。ただ、作りすぎによる在庫(供給)過多で、空室率が上がっているとした。
(3) トランプ政権の政策運営
今年11月の中間選挙では、何としても下院で敗北したくないトランプ大統領。もし下院で民主党に議席を奪われた場合、同大統領の弾劾の可能性が高まるからだ。上院では共和党が過半数を占めているため実際に弾劾されることはないものの、政権を不安定にすることは間違いない。そこでトランプ大統領は、選挙に勝つために有権者に支持される政策として、今後10年間における1.5兆ドルのインフラ投資を掲げている。これについて新形さんは、財政問題から議会の承認が得られにくく、その実効性には懐疑的だ。
そうなると、通商交渉の開始や離脱、既存法に基づく関税引き上げなど、議会承認が不要で大統領権限のみで実行できる案件が浮上してくるが、新形さんは、こうした保護主義的な政策にトランプ大統領が舵を切った場合、アメリカ経済の腰を折る大きなリスクとなり得ると懸念した。
次に平松さんが登壇。最近の金利、株、為替の動きを説明した。
◉ 長期金利
アメリカの長期金利は、15年12月の利上げ以降、1.5~2.5%の幅で推移していたが、16年11月にトランプ大統領が誕生したのを機に一気に上昇。これはトランプ政権に対する期待感の高まりによるものだったが、17年に入ると期待感は薄れ、同時に北朝鮮リスクやハリケーン被害などで2.0~2.5%という狭い幅で推移した。17年秋以降になると、トランプ政権による大型減税法案の年内成立の期待が高まり再び金利が上昇。18年に入ると、インフレ上昇の懸念やFRBによる利上げペース加速の観測が高まるなどして、約4年ぶりとなる2.9%台に急騰した。
◉ 株価
リーマンショック後の量的緩和開始以降、17年末まで一本調子で上昇していた株価。年間上昇率で見ると、16年は14%、17年にいたっては26%と過去最大の年間上昇率となった。しかし18年に入ってインフレ上昇が確認されたのを受け、FRBの利上げペースが想定以上に加速するのではないかとの懸念から、2週間で13%下落。過去最大の下げ幅となった。
◉ドル円
金利と同じく、トランプ大統領誕生を機に1ドル103~104円から一気に15円急騰。17年は、トランプ政権への期待感の薄れや大統領のドル高牽制発言などを受け、110~115円とほぼ横ばいで推移。18年に入ると、米財務長官によるドル安容認発言や日銀の金融緩和縮小観測の台頭、世界的な株安進行によるリスク回避などから円買いが進み、1ドル113円台から105円半ばと一気に8円下落した。
18年に入ってからの金利、株、ドル円相場の調整について、平松さんは「金融市場のゆがみやバブル崩壊による金融危機のようなものではなく、これは健全な調整です」と説明。その理由として、マーケットの混乱度合いや投資家心理(不透明感や警戒感)を示すVIX指数が、現在10~20という低い指数で推移しており、マーケットが安定しているからだとした。
もう一つ注目したいのが「適温相場」(別名、ゴルディロックス相場)。平松さんは、この言葉の定義を「都合がいい、具合がちょうどいい相場」と紹介し、こう解説した。
「アメリカは15年の利上げ後も緩やかに景気回復しましたが、物価や賃金、金利は上昇しない状況が続きました。このように、景気はいいのですが低インフレであることから、FRBは緩やかな利上げを継続。それにより投機資金は株式市場に流れ、株が右肩上がりに上昇しました。結果的に17年末まで『株高』と『低金利』が共存するという『ちょうどいい相場』、つまり『適温相場』となりました」。
しかし、18年2月発表の1月の雇用統計から、平均賃金上昇率が予想以上に拡大したことが判明。それに伴い、インフレとそれによる利上げペースの加速の懸念から株式市場から資金が引き揚げられ、株価が暴落。現在は適温相場が終わったという声も出ているという。
最後に平松さんは、目先の見通しを以下のようにまとめた。
(1) 政策金利
3月、6月、9月、12月の年4回の利上げを予想。
(2) 長期金利
政策金利上昇を背景に、これまでの1.5~2.5%のレンジから2.5~3.5%での推移を予想。しかし3.0%を継続的に上回るにはまだ時間がかかる。
(3) 株価
利上げペースの加速観測が高まるにつれ、株価の上昇ペースは緩やかとなる。
(4) ドル円
日銀の総裁、副総裁人事を受けた緩和縮小観測の後退や堅調な株価に支えられ、110円近辺(107~112円)で推移。トランプ政権の保護主義政策やドル安志向への経過、株価の下落などが要因となって円高方向に進む可能性はあるが、1ドル100円を下回ることは想定していない。