2017/3/10
去る3月10日、トーランスのToyota Automobile Museumで、第201回JBAビジネスセミナーを開催した。大手監査法人Ernst & Youngから3名の講師を迎え、日本企業が備えるべき今後の税法改正の内容と対応するべき会計基準の変更について解説した。
第1部
[講 師]
野本 誠さん
Ernst & Young 税務パートナー。全米税務本部、国際税務サービス部および日系企業サービス部所属。法人組織再編等をはじめとする米国税務と国際税務問題に多くの経験と実績を有する。
新政権が始動し、連邦議会両院で共和党が過半数を占める現在、トランプ大統領が公約に掲げる法人税率の大幅引き下げなど、抜本的な税制改革が実現する可能性がある。最初に野本さんは、米国の連邦議会における税法改正成立のための条件とプロセスについて説明した。「2016年11月の選挙の結果、上院下院ともに共和党が過半数を占めていますが、上院にはフィリバスターという反対議員が審議時間を延長して廃案を狙う長時間の演説が認められており、それを防ぐのに必要な60議席には届いていません。そのため共和党は、審議時間の上限がある予算調整法案の枠内で税法改正を通そうとしています」と今年の議会の状況を解説した。
例年の予算プロセスでは、2月に大統領の予算教書が出るが、大統領就任の初年度は2~3カ月遅れることが通常となっている。大統領の予算教書発表のあと、議会予算局(CBO)で税制改革による税収の増減を数字で予測した予算報告書を作成。それを受けて議会で予算決議を可決し、これを税制改革の骨子として、各委員会が税法改正案を作成する。さらに、各委員会から出てきた法案を予算委員会で一つにまとめ、本会議での可決を経て、税法改正案の成立となる。
「ムニューチン財務長官は、8月の議会の休会前に予算調整法案を通して、税法改正を成立させたいとの意向を示していますが、実際には今会期中は厳しいのではないかとも言われています」と野本さん。
予算調整法案の重要な前提として、連邦政府の予算には、「歳入中立」という規定がある。減税を予算に組み込む場合、減税で減る歳入を補填できるだけの増税項目を盛り込まなければならない。今回の税制改革は、16年夏に発表された共和党の税制改革案(通称『ブループリント』)と、トランプ大統領の選挙公約がたたき台になっている。トランプ案は減税のみを主張し、予算案の規定に見合わないため、共和党のブループリントに近い案で進んでいくのではないかと言われている。どちらにしても法人税は現状の最高35%から、トランプ案では15%、ブループリントでも20%まで引き下げる大幅な減税政策を打ち出している。
この大幅な減税と予算を成立させるために注目されているのが国際課税と国境調整だ。「米国の高い法人税は、米国企業の海外の子会社からの配当金に対しても課されるので、本来であればアメリカに持って帰ってきて設備投資や雇用に回っていくべき海外の利益がアメリカに返ってこないという問題があります。それを是正する動きがあるのですが、その前に今まで企業が海外に貯め込んできた利益に課税しようというのが国際課税案です」と野本さん。だが、これだけでは減税分を補えないため、さらに「国境調整(Border Tax Adjustment)」の導入が持ち上がっているという。
第2部
[講 師]
秦 正彦さん
Ernst & Young 日本企業ビジネスサービス、タックスグローバル・米州統括パートナー。法人税、企業再編、外国人の米国個人所得税、その他幅広い分野にかかわるコンサルティング実績多数。
秦さんは、今後の税法改正を語る上での重要なキーワード「国境調整」の概念と、それが今、注目される背景を解説した。「今回の税法改正で法人税の大幅な減税を提案すると、ほかに歳入を支える税源が必要になってきます。その歳入源の大きな柱として頻繁に引き合いに出される国境調整というのは、『 Destination Based Cash Flow Tax(DBCFT)』という法人税の新しい考え方の一部分を成すものです 」と前置きした。
DBCFT は名目は法人税だが、実態は法人税の消費税(VAT)化と考えると分かりやすい。例えるなら、35%の法人税が撤廃され、20%の消費税が導入されるようなものだという。現在の事業主体単位、かつ国単位で課される法人税では、企業は所在地をアイルランドなどの税率の低い国に移して高い税率を逃れようとし、国側はそれを防ごうと税制が複雑化している。これはアメリカ経済の競争力を削いでいる一つの問題点と指摘されている。「加えて、今の仕組みでは、米国企業が商品を輸入した際、輸出企業の国がVATを採用していれば非課税で輸出され、アメリカにも非課税で入ってきます。反対に、米国企業が商品を輸出した場合、米国は企業の輸出売上に35%課税し、さらに輸出先国でも消費税がかかるという、米国輸出企業に不利な二重課税になっています」という。
もし米国の法人税がDBCFT を採用すれば、法人の所在地にかかわらず商品の消費地でのみ課税されるので、米国企業は輸出売上に対する課税が免除され、この二重課税が解消される。一方で、輸入企業には20%の課税があるが、出荷地では消費税が免除されているので公平な扱いとなる。輸出入に対する有利・不利は為替で調整されると言われるが、ただ現実には輸入に頼る企業にはダメージが大きく、輸出に頼る企業にはメリットが大きいと受け止められている。
VATの取引において、二重課税を避けるための国境調整が必要不可欠なようにDBCFTにおいても国境調整が不可欠だという。実務上の違いは「VAT は輸出の取引ごとに非課税処理を行いますが、DBCFTは法人税という扱いなので、これまでと同じようにその年度の合算申告書を出す際に輸入は費用とせず、輸出は課税所得としないことになります。その税額を比較すると、DBCFTとVATは結果的に同じになります。さらにここに為替変動が加わると、輸出入の大小にかかわらず税引後のキャッシュ・フローは同じになると言われています」 と国境調整を説明する。
最後に秦さんは「日系企業が備えておくべきは、米国からの輸出が非課税になり、輸入に損金不算入で20%課税された場合をシミュレーションしておくことです。DBCFTの法案化は未定ですが、トランプ政権が法人税の減税を行う限り、歳入の面から国境調整を行うほかに代替案がないと言われており、導入の可能性はそれなりにあります」との見方を示した。
第3部
[講 師]
伊藤 三郎さん
Ernst & Young アシュアランス(会計監査)パートナー。数多くの日系企業と米国SEC 登録企業(米国上場企業)を担当し、米国会計基準、国際会計基準等に数多くの経験を有する。
伊藤さんからは、2018年1月1日(非上場企業は2019年1月1日)から適用される米国会計基準の変更について解説があった。「企業のグローバル化に伴い、2002 年から国際会計基準(IFRS)と米国会計基準(USGAAP)の統合が進んでいます。その最終段階が、来年から適用される収益認識基準の統合です」と会計業界の流れを説明した。 業界ごとの収益認識基準など複雑で膨大なルールを持つ米国会計基準に対して、国際会計基準というのは原則主義でシンプル。それらを統合した収益認識基準が新基準(ASC606)だという。「米国証券取引委員会(SEC)は、今回の会計基準の変更は、ほとんどの企業に大きな影響があると考えています。各企業とも着手してみないとどのくらいの影響があるか分からないことが多く、影響を数値化するのに時間がかかります」。
米国の上場企業は3年分の決算の提出が義務付けられているが、今回の新基準適用の移行には2つの方法があるという。(1) 完全遡及適用(Full Retrospective)は、過去3年分全てさかのぼって新基準で算出する。(2) 修正遡及適用(Modified Retrospective)は、来年18年のみ新基準を適用する。SEC は、企業に移行方法の公表を求めており、すでに新基準による影響が大きいと判断しているAppleやAmerican Airline、GE、Microsoft は完全遡及適用、あまり影響が出ないと判断しているAmazon、Ford、McDonald’s は修正遡及適用での移行を発表している。業界別に見ると、IT サービス、建設、重工業、医薬品、電気通信、自動車など、物やサービスの提供に時間がかかる、契約期間が長期にわたる企業に影響が大きいという。
新基準は「全ての売上に適用される(リース契約、保険契約、金融商品は除く)」「業界によって基準が変わらない」という特徴がある。基本原則は、以下の5つのステップから成る。
(1) 顧客との契約を識別する…契約書など、当事者間で契約が承認され、履行が確約しているかどうか。
(2) 提供する物品、またはサービスの識別… 機械装置の販売と設置、メンテナンスサービスなどを、一つのサービスとして見るか、区別するか。
(3) 取引価格の決定… 割引やインセンティブ、返品などを含めて取引価格を決定する。
(4) 取引価格を履行義務それぞれに配分する。
(5) 履行義務の充足と収益認識… 新基準では、収益とは物やサービスの「支配権」が移転した時点で履行義務を果たしたと認識される。
新基準の導入プロセスにおいて重要なのは、最初の「影響度の調査」だという。「現在の契約書を確認して、新基準のステップに関係する部分を洗い出します。影響がある場合は、導入計画を立てて取り組んでいきましょう」と日系企業に対応を促した。