2015/6/26
去る6月26日、トーランスのToyota USA Automobile Museumで、ビジネスセミナー「『雇用訴訟』- 賃金・労働時間違反における訴訟の増加-未払い残業手当、誤分類及びその他賃金・労働時間の雇用法違反」を開催した。講師に北川&イベート法律事務所から北川リサ美智子弁護士を招き、「雇用訴訟」にテーマを絞って講演。賃金・労働時間、休憩・食事時間などの法令違反についての判例のほか、企業のリスクマネージメント戦略にも言及するなど、在米日系企業にとって実践的なセミナーとなった。
[講師]
北川リサ美智子 弁護士
カリフォルニア州、テキサス州、ニューヨーク州、ジョージア州弁護士。京都大学法学修士。米国弁護士協会会員、米国連邦最高裁判所認定弁護士。経験専門技術、道徳性において全米の弁護士トップ5%に選出される。訴訟全般から裁判まで、全米規模で日系企業の顧問を担当。
アメリカの雇用法は非常に複雑だ。特にカリフォルニア州は全米で最も難しいとされている。こうした中、近年賃金や労働時間に関する訴訟が急増している。その例として北川弁護士は、ロサンゼルス郡地方裁判所を紹介した。それによると、2012年に約4000件だった訴訟件数は、14年には6000件に増加。中でも団体訴訟は970件から1700件と急増している。しかしロサンゼルス郡でこうした複雑な訴訟を担当できる判事はたった7人。オレンジ郡にいたっては判事1人が担当する年間平均訴訟件数はなんと600件という異常事態が続いているそうだ。
周知の通り、アメリカには連邦法と州法がある。カリフォルニアではその両方が適用されるが、通常はより高い必要条件を課する法律に従うことになる。最低賃金に関して言えば、連邦法では1時間7.25ドルで、労働時間が週40時間を超えると残業手当を支給しなければならない。これに対してカリフォルニア州法では、最低賃金は1時間9ドル。残業手当は1日8時間を超過する場合に支払う。
従業員の会社に対する訴訟は、こうした最低賃金規定の違反以外にも、残業手当や食事・休憩時間、記録管理など多岐にわたる。中でも記録管理では、本来企業に義務付けている従業員の情報が欠落することで訴訟で不利となるほか、法律違反で罰せられるという(後述)。
さて、1人で訴えてもあまりインパクトがないことから集団訴訟になることが多いアメリカ。和解金は非常に高額で、12年度に支払われた和解金の総額は4億6700万ドルに達する。これまで企業が払った巨額の和解金では、保険会社のFarmersの2億1000万ドルを筆頭に、銀行のBank of Americaの7300万ドルなどの例がある。企業の種類は商社や食品、小売、通信などさまざまで、最近ではプロ野球やフットボールのチームがチアリーダーから訴えらえれるケースもある。Oakland Raidersの120万5000ドルや、Tampa Bay Buccaneersの82万5000ドルなどがそれである。
このように企業が訴えられた場合、その会社の取締役会員や役員、マネージャー、株主などに責任が及ぶのであろうか。その答えは「州によってはYES」である。「連邦法と全米の主な州の法律では、取締役員やマネージャー、株主はその責任者となります。たとえ会社が破綻しても責任が個人に及びますので、全米展開している企業は注意してください。しかし、意外にもカリフォルニア州法は経営陣寄りの法律を採用しており、取締役員やマネージャー、株主には責任が及びません。その意味ではカリフォルニア州法は企業を守っていると言えます」。
さて、雇用法において違反をした場合、その時効は連邦法と州法で異なる。連邦法では、意図的でない違反の時効は2年で、意図的な場合は3年。一方カリフォルニア州法では、基本的に時効は3年だが、口頭契約では2年、書面契約では4年となる。
従業員が最低賃金違反で訴訟を起こした場合、被告側となる企業は未払い賃金をはじめ、未払い賃金と同等の損害賠償額、弁護士費用や諸経費などを支払うことになる。さらに連邦法では、意図的な最低賃金違反は1件につき1万ドルまでの罰金か6カ月までの服役もしくは両方(罰金および服役)が必要となる。カリフォルニア州法ではさらに厳しい罰則を設けている。
続いて、最低賃金や労働・通勤時間、賃金レート、ボーナス、飲食業界におけるチップの扱いなど、従業員から訴えられないための留意点を紹介。特に残業代については、連邦法では1週間で40時間以上働く場合、超過分が通常の給与の1.5倍になると説明。一方カリフォルニア州法では、残業は(1) 1日8時間以上12時間以内の労働時間、(2) 勤務連続7日目の最初の8時間、(3) 毎週40時間以上の労働時間、(4) 1日12時間以上、(5) 勤務連続7日目の8時間以上の5つに分類されており、このうち(1)(2)(3)は通常の給与の1.5倍、(4)(5)は2倍の手当が必要とした。
冒頭で出た記録管理は日系企業の弱点となりやすく、会社に義務付けられている従業員情報について具体的に説明した。それによると、(1)従業員の姓名、ソーシャルセキュリティー番号下4桁、(2)郵便番号を含めた住所、(3)19歳以下の場合は生年月日、(4)性別と職業(カリフォルニア州はなし)、(5)就業週の開始曜日と時間、(6)日ごとの就業時間、(7)週ごとの就業時間。(8)賃金支払い形態(時給、週給、出来高等)、(9)通常時間給、(10)標準勤務時間での日給、もしくは週給、(11)週単位での残業手当総額、(12)従業員給与からの源泉と追加給与の全て、(13)賃金期間中の支払い合計、(14)賃金支払期間と支払日が14項目を必要とのこと。
給与支払い日規定では、(残業代を支払わなければならない)Non-Exemptの従業員には月2回の給与を支払う義務があり、たとえ少額でも月1回にまとめてはいけないと解説。さらに解雇した従業員には就業最終日に給与を支払い、退職の場合は退職後72時間以内に支払わなければならないとした。「注意してほしいのは、72時間は3営業日の意味ではないことです。週末にかかる場合もありますので注意してください」。
折しもセミナーの1週間後(7月1日)から施行された病欠手当てに関する新法にも言及した。「カリフォルニア有給病気休業法」(California Paid Sick Leave Law)と呼ばれる法律で、フルタイム、パートタイム、臨時社員などの区別なく、全社員が30時間の労働ごとに1時間の病欠有給が支給されるもので、雇用1日目から適応対象となる。
日系企業がよく混乱する「Exempt」と「Non-Exempt」、つまり残業代を支払わなければならない従業員かそうでない従業員かについては、「法律では基本的に従業員はNon-Exempt=残業代の支払いが必要な従業員です。その適用除外カテゴリーに属する従業員だけがExemptとなります」と説明。それによると、Exemptであるには給与基準と任務基準の2つの条件を満たす必要があるという。給与基準については、連邦法では週給455ドル、カリフォルニア州法では720ドル以上の給与を得ている必要がある。任務基準については、連邦法では主要任務(Primary Duty)に就く従業員を、カリフォルニア州法では実務の50%以上で主要任務に就く従業員を指している。
主要任務とは、(1)役員、(2)総務、(3)専門職、(4)外回り営業、(5)高給社員の5つのカテゴリー。(3)は有資格の専門職と、修学もしくは芸術的な専門職の2つに分けられ、前者は医師や弁護士、会計士など、後者は俳優やダンサー、演奏家などが該当する。さらに最近ではコンピューター専門職というカテゴリーもある。これは、コンピューターを修理する人ではなく、システムの分析技術やその手続き、ハードウェア、ソフトウェア、システム仕様や開発設計の文書化、分析、検査や修正などに従事する人で、かつ最低賃金が年給約8万6000ドル以上の従業員。
(4)は就業時間の50%以上会社にいない(外回りをしている)従業員が属するカテゴリー。これについて、「外回り営業職の職務記述書(Job Description)には、営業内容やそのターゲットなどを記載するだけでは不十分です。『就業時間の50%以上社外にいること』と明確に書いてください。そうでないとNon-Exemptとなってしまい、残業代の支払いが生じます」と注意を喚起した。最後の(5)は新しいカテゴリーで、年給10万ドル以上の従業員のことを指す。そして、役員(Executive)、総務(Administrative)、専門職(Professional)の任務のいずれかを最低一役担当していることが必要であるとした。