2024/10/1
去る8月29日(木)、企画マーケティング部会主催による、第253回JBAビジネスセミナー「在米日系企業の主要人事課題を解決する人事制度再設計4つのコツ」をオンラインで開催した。
[講師プロフィール]
加藤正樹さん
Cambridge Technology Partners Inc.
2010年ケンブリッジ入社。23年11月より米国法人へ赴任。日本では新規事業創出、ベンチャーの立ち上げ支援、組織風土改革、人事制度改革、販売管理システム更改、人事システム更改などを担当。HR領域のナレッジマネージャーを務めた。米国赴任後も、営業改革、人事制度改革、ECサイト改革のプランニングなど幅広く従事。
[講師プロフィール]
石橋琴子さん
Cambridge Technology Partners Inc.
2020年ケンブリッジ入社、21年10月にUSオフィスに転籍。産業機械専門商社の人事制度改革およびERP導入プロジェクト、北米の建設会社の会計システム導入プロジェクト、北米の食品会社の人事制度検討などに従事。
今回のビジネスセミナーの目的について、冒頭で加藤さんは次のように説明した。「在米日系企業では人に関する課題が山積みです。その解決方法の一つとして、人事制度が担う役割は大きいと考えています。そこで、在米日系企業がアメリカで人事制度を再設計する上で、どのような点がポイントになるのか、どのように制度を設計すればいいのかについてお伝えします。本日は私が人事プロジェクトをコンサルしている立場で、また、石橋はアメリカ生まれ、日本育ちでアメリカの大学を卒業したというバックグラウンドを持ち、アメリカ現地企業で働く人たちがどのような価値観や感覚を持って働いているのかということをよく理解しているという立場で進行していきます」。
最初に加藤さんは、在米日系企業が抱える人事上の課題の例を紹介した。「良い人材が獲得できない、せっかく獲得した人材がすぐに辞めてしまう(これに関しては石橋さんから「アメリカではジョブホッピングが当たり前という、日本との違いがあります」と補足)、日本と給与水準が違い過ぎて日本本社の理解が得られずアメリカの従業員の給与を上げることが難しい、高齢化が進み業務がブラックボックス化している、などが挙げられます」と話した。
特にジョブ型(企業と個人が職務内容に基づいて合意する雇用関係)全盛時代のアメリカにおいては、次のような弊害が目立ってきていると続けた。「まず、自分の職務以外に興味、関心がなく、全体最適の視点が薄くなる『業務のサイロ化』です。プロジェクト型の仕事の重要性が増す中で、これが部署間を横断するプロジェクト型の仕事に取り組んでもらうことの妨げになっています。次が、その道何十年の担当者しか業務内容を把握できていない『業務のブラックボックス化』。そして、『業務の複雑化』により業務内容をジョブディスクリプションで定義しきることが困難になっています」。
また、Z世代の価値観の変容も背景にあり、「我々とは異なる価値観の世代にも受け入れられるような(人事面での)考慮が必要になっています」と加藤さんは強調した。石橋さんはこの点について「(Z世代は)ワークライフバランスを重視します」と補足し、加藤さんは「若い人の価値観が変わっていることをしっかりと踏まえて人事制度を作っていかないと、若い人のパフォーマンスが上がらないという結果を招くことにもなります。彼らの価値観を理解してモチベーションを引き出し、それをいかに会社への貢献につなげていくかが重要です」と結んだ。
さらに、日米の給与格差も人事面での問題の一つであると続け、「過去30年間で日本の賃金はほとんど増えていません。これにより日米の給与格差は拡大する一方です。しかし、日本本社ではアメリカの給与が高い、物価が高いという実態を実感しづらく、アメリカからの訴えが理解されにくいという状況があります」と語った。
前述のような企業が持つ人に関する課題を、人事制度だけで全て解決できるわけではないが、人事制度が果たす役割は大きいはずだと加藤さんはあらためて強調した上で、人事制度作りの難しさについての説明に移った。「まず、人事制度の要素は複雑に絡み合っているため、部分的に手を入れてもうまくいきません。また、何を選択してもデメリットはあり、全員を満足させるような人事制度を作ることは不可能です。そして、人事制度が新しくなることで新しいルールを覚えるなど社員がやることが増えて、彼らの負荷を増やすことにもなります。その上、会社のステージにより人事の注力すべき点が異なり、進出期、拡大期、成熟期、再生期など企業のステージに合わせた詳細な検討が必要です。つまり、ベストプラクティスをそのまま適用すればよいというわけにはいかないのです」。
続いて加藤さんは、これらの人事制度の困難な点を乗り越えるには4つのコツがあるとして、詳しく解説した。「1つ目のコツは、制度の拠り所を作ることです。拠り所がないまま細かい議論に入ってしまうと前に進まなくなります。大きな拠り所を作ることで、迷った時は拠り所に戻ればいいのです。拠り所の一つは制度変更の目的です。『会社の方向性を示す』ことなのか『エンゲージメントを向上する』ことなのか、それとも『良い人材を確保する』ことなのかによって、人事制度の見直しのポイントは変わってきます。よって、その目的を言葉にして表すことが非常に重要です。次の拠り所は明確なスタンスで、現地化なのか、駐在員によるマネジメントか、それともハイブリッドか、現在どうかというよりも、会社としてどの方向に進んでいくかを明らかにすることが大事です。その際、正解はなく、どの選択肢を選ぶかは会社の方針次第となります。そして、スタンスを明確にする上ではあえて2択にすることが有効です。会社として社員に求めるのは成果なのか能力なのか、二つの極端な選択肢からどちらを求めるのかを議論することで、会社が何を大事にして人事制度を設計するかが見えてきます。販売会社なら成果寄り、コンサルファームなら能力寄りなど、会社の特徴によって何を重視するかは変わってきます」。
続いて加藤さんは、2つ目のコツである「報酬制度の透明性を維持する」について解説した。「報酬が何に対する対価なのかを定義します。つまり、給与や賞与が何への対価であるかを整理して社員に胸を張って説明できる状況を作っておかないと、人事制度への信頼を失うことになるからです。また、アメリカでは賃金透明化の法整備が進んでおり、いずれにせよ対応しないといけないという背景もあります」。3つ目のコツは「完璧を待たない」こと。「制度のリリース前にどれだけ準備や試行を重ねても、制度を確定させることは難しく、想定外の問題が発生します。リリース後も変更する前提でリリースする柔軟性が求められます」。
4つ目のコツは、「(日米間の)文化の違いに配慮する」こと。「運用設計、コミュニケーション計画作成時には特に文化の違いに配慮してください。例えばリスクの捉え方一つを取っても、リスクを徹底的に排除して成功を目指す日本と、リスクテイクしないと成功しないと考えるアメリカでは大きく異なります。ですので、チャレンジを評価し、失敗をとがめ過ぎないような評価制度にすることが必要になってきます」。
最後に、加藤さんは「人事制度再設計の進め方は、まずその目的を決めること。そしてコンセプトを固め、大事なポイントをピックアップしてスタンスを決めます。報酬とその決定要素の関係性を整理し、運用を具体化し、完璧を待たずに文化の壁に配慮しながら進めていくことです」とまとめた後、「人事制度再設計にコンサルタントを活用することでより効果的、効率的な成功が見込める可能性があります」と、その有用性に触れ、セミナーを終了した。