2020/4/1
去る2月7日、Miyako Hybrid Hotelにて、エコノミストの栗原浩史さんを講師に迎え、大統領選とそれに絡んだ米国経済の足元の状況、展望に関する特別セミナーを開催した。注目度の高いトピックとあり、当日は多くの聴講者が集まった。
※本セミナーは、コロナウイルス問題がアメリカで深刻化する以前に行われたもので、内容も当時の状況を踏まえたものであることをご了承ください。
[講 師]
栗原浩史さん
三菱UFJ銀行経済調査室ニューヨーク駐在チーフ米国エコノミスト。1999年三和銀行(現三菱UFJ銀行)に入行後、資金部、三菱UFJ投信出向などを経て、2011年から経済調査室で米国と中国のマクロ経済分析を担当。2014年11月より現職。
米中貿易協議での「第一段階」の合意を受け、2019年末、株価は最高値を更新した。そして、今後の米国経済についても楽観的な見方が強まっている。一方、議会下院はトランプ大統領を弾劾訴追する決議案を可決するなど、今年11月に大統領選挙を控える中、政治面の不透明感も非常に強まり、金融政策面でもFRBは昨年、大方の予想に反して利下げを実施、見極めが難しい状況だ。米国の景気が回復してから11年目に突入したが、今後の景気回復の見通しや大統領選が与える影響については、アメリカで経済活動に従事する日系企業にとって非常に気になるところである。そこで、今回、特別経済セミナーを開催し、三菱UFJ銀行経済調査室ニューヨーク駐在チーフ米国エコノミストの栗原さんを招き、米国経済の足元の状況、そして大統領選挙を含めた今後の見通しについて、各地の情勢も踏まえた独自の視点でお話しいただいた。
最初に栗原さんは米国景気の今後の見通しについて、「景気が悪くなればトランプ大統領の再選は難しくなります。景気は大統領選のカギになります」と述べた上で、当面の景気の拡大要因と下押し要因について次のように続けた。「景気の拡大要因の1つ目は『雇用と消費拡大』の継続です。現在、雇用者の数が月々20万人弱増えています。雇用者の所得が増えて消費が増えることは、今後も米国の景気回復の柱になります。拡大要因の2つ目は『製造業活動の循環的な回復』です。OECD景気先行指数などの先行指標は、製造業の循環が2年程度の収縮局面を経て、先行き拡大局面へ転換する可能性を示唆しています」。
続いて、これまでなぜ米国の製造業の活動が減速していたのか、また、なぜ今後回復するのかに関しては次のように説明した。「製造業の減速に関しては、中国との貿易摩擦の影響などが指摘されています。しかし、私は製造業の活動にそもそも内在する循環的な側面の影響が大きいと考えています。ようやく時間をかけて調整が終了し、回復する局面に転じつつあるということです。これも当面の景気にプラスに作用するでしょう」。
景気拡大要因の3つ目としては、製造業の回復にも関連する「対中貿易摩擦の緩和」を挙げた。「米国と中国は、今年1月に正式に第一段階の通商合意に署名しました。当面の米国景気へ与える影響として注目されるのは、米国から中国への輸出額について、向こう2年間で2000億ドルの増加が盛り込まれたということです。実現すれば米国の対中輸出の大幅な増加になり、米国の景気を押し上げることになります。細かな品目ごとに数値目標も設定しているようであり、簡単に反故にされる合意ではないと思っています。可能な限り実現が目指されるでしょう」。
そして、栗原さんが挙げた景気拡大要因の4つ目は、「住宅市場の持ち直し」。「住宅市場の回復傾向が足元で予想以上に強まっていて、直近の住宅着工件数は13年ぶりの高水準を記録しました。金利の低下が背景にあると思います。米国では新築よりも中古の住宅取引が主流ですが、現在、中古住宅の在庫が歴史的に見ても少なく、枯渇している状況です。つまり、販売が回復すると住宅の着工に結び付きやすい状況にあるため、回復が続きやすいと思っている次第です」。
景気の拡大要因に続いては、考えられる景気の下押し要因についても触れ、「ボーイング737MAX機の生産停止の影響」と「新型肺炎流行の影響」を挙げた。ボーイング737MAX機の生産が1月から3月まで停止された場合には、米国の実質GDP成長率を0.5%ポイント押し下げるインパクトがある。これは、航空機産業の裾野が広く、米国で経済全体に占める割合が大きいことが理由だ。
また、2つ目の下押し要因として挙げた「新型肺炎流行の影響」については、「過去の類似例として、SARSの時を振り返ると、中国では例えば小売売上高の伸びが鈍化しましたが、それは一時的なもので、すぐに戻りました。米国の景気への影響も、SARSの時は限られていました。今回どの程度の影響が出るかは今度の動向を見ていくしかありません。現在、中国とのフライトが制限されているため、中国から米国への旅行者減少の影響が懸念されます。ただ、旅行者による支出が米国経済全体に占める割合は、近年高まっているわけではなく、おおむね横這いに止まっています」と説明をした。
栗原さんは続いて、金融政策について解説を加えた。「FRBは昨年7月から10月にかけて3会合連続で利下げを実施した後、当面は政策金利を据え置いて様子を見る意向を示しています。昨年利下げを行った理由は、米中貿易摩擦で不確実性が強まったからだと言われていますが、私はインフレの影響が大きかったのではないかと思っています。インフレに関連する指標の中でも、特に賃金の動向です。時間あたりの賃金の上昇率は2018年に大きく加速しましたが、2019年2月に直近のピークを付けた後は減速しています。この賃金の動きが利下げ判断に影響を与えたと思っています。なぜ賃金がこういう動きをしたのかというと、それは求人数の推移に原因があります。求人数は2018年に大きく増加して2019年に減少しています。2018年に求人数が急増したのは、米国経済が3%近い高成長を記録したからで、その背景にはトランプ政権・共和党が実施した税制改革があります。税制改革が求人数の急増や賃金上昇率の加速につながったというわけで、これはつまり、2018年の賃金上昇率の加速は、一時的な要因に基づくものだったということです。今年は利上げも利下げも行われず、政策金利は当面据え置かれるのではないかと考えています」。
さらに、為替は政策金利の据え置きが見込まれるため、現在の1ドル=110円程度からそれほど大きな変化はないと予測。また、堅調な株価については、FRBが実施している短期金融市場の安定化策が影響している可能性があり、それが停止される場合には株価を下押しする可能性があるということだ。
さて、いよいよ気になる大統領選の行方についてだが、まず民主党候補に関して、栗原さんは次のような見方を示した。「現在、民主党の候補者指名争いは混戦となっていて、候補者の決定が7月の党大会までもつれ込む可能性もあります。予備選が最初に実施されたアイオワ州ではサンダース氏とブディジェッジ氏が上位でした。一般には、予想外のブディジェッジ氏の躍進を受けてブディジェッジ氏が民主党の大統領候補に指名される可能性が出てきたと言われていますが、インディアナ州サウスベンド市の市長経験だけでは経験不足との見方が今後強まる可能性などあり、民主党の大統領候補になるハードルは依然として高いと思います。アイオワ州の結果で注目すべきは、バイデン氏の得票が低調だったということです。バイデン氏と同じ中道派であるために、今後有利になる可能性が高いブルームバーグ氏に注目して見ていきたいと思っています」。
また、過去に遡ってみると、再選に失敗した大統領の支持率は40%を割り込んでいた。現在、トランプ大統領の支持率は40%前半で推移している。このことから、今の支持率を維持できるようであれば、トランプ大統領が再選される可能性が高いと栗原さんは見ている。「現状程度の堅調な景気が続けば、再選されそうです。トランプ大統領の支持層である製造業と農業の景気は、今年共に上向いていくと予想されています。それに伴って、トランプ大統領の支持率はもう少し上昇する可能性もあります」。
さらに現在、司法省が進めている「ロシア疑惑捜査開始の調査」についても言及。今後発表される最終的な調査結果で民主党の方に問題があったことが示される可能性があり、そうなると米国国民の民主党への信頼がむしろ低下し、選挙でトランプ大統領・共和党の追い風になることも考えられると付け加えた。
そのほか、トランプ大統領が再選された場合の政策については、「実は現時点では、トランプ大統領は再選後の具体的な政策を提示していません。インフラ投資の拡大や中間層の減税などが考えられますが、どのような新しい政策が出てくるのか、今後の発表が非常に注目されます」と話した。一方で、民主党候補が勝った場合の政策は候補者によって違ってくるということで、サンダース氏、ウォーレン氏が勝つと、急進的な政策を目指すことで、景気が不安定になってしまうリスクが生じるという見解を示した。
最後に栗原さんは、足元の支持率から判断すればトランプ大統領が再選される可能性が高いという見方を示し、特別経済セミナーを締めくくった。