2016/11/18
去る2016年11月18日、トーランスのMiyako Hybrid Hotel で、第199回JBAビジネスセミナー「メキシコでの雇用とリスクマネージメント」を開催した。講師のTOP en Españolマネージャーの冨田陽祐さんは、自身が現地で得た知見も交えながら、メキシコでの事業を成功させるためのマーケット理解と人材獲得について解説した。
[講師]
冨田陽祐さん
TOP en Españolマネージャー。ニューヨーク市立大学を卒業後、Top New Yorkに入社。2014年TOP en Españolメキシコシティーオフィスに異動。人材紹介や市場調査・分析、企業設立支援、人材育成、人事考課評価制度など、包括的な人事コンサルティングを担当している。
最初に冨田さんが、すでにメキシコで事業を開始しているかどうか、会場の参加者に問いかけたところ、6~7割が開始しているとの返答だった。また事業年数をたずねたところ、操業から1年以上という企業がほとんどで、5年以上は少なかった。
富田さんは「現在メキシコの人材市場は、企業の求人に対して応募者が少ない売り手市場にあります」と前置きして、今後メキシコでの事業展開を成功させるための人材獲得に欠かせない知識について説明を始めた。「現在のメキシコの労働法は、2012年から施行されたもので、外国人雇用比率は原則メキシコ人9:外国人1でなければなりません。しかし、取締役、上級管理職は対象外なので、実質はこの比率になっていない企業も多くあります」。
現地採用にあたり、人材派遣会社を利用する企業も多いが、その利用に関して国が定めた3つの条件がある。それは「(1) 人材派遣会社が自社の従業員に対する雇用主義務を十分に果たしていること。(2) 複数の人材派遣会社から派遣サービスを受けること。(3) 派遣先で従事する仕事の内容が専門的な内容であること」と説明した。
さらに、日系企業が知っておきたいのが2012年に始まった試用期間の制度である。メキシコでは解雇に違約金がかかるが、試用期間であれば支払う必要はない。「試用期間が設定できるのは181日以上雇用する場合で、最長180日までを試用期間とすることが可能になります。これを利用すれば適性を見極めてから本採用できます。ただし、労働開始前に締結する労働契約書に試用期間の年月を必ず盛り込みましょう」と付け加えた。
労働法で定められた就業時間は、昼勤務は1日8時間、週48時間以内。昼夜混合勤務は1日7.5時間、週45時間以内。夜勤務は1日7時間以内、週42時間以内(夜間手当は不要)である。「1日の労働の中で連続就業時間内に、30分以上の休憩を与えることになっています。工場であれば、敷地内に食堂があるので30分でも昼食を取れますが、メキシコシティーなど街中のオフィスの場合、1時間は休憩を与えたほうが良いでしょう。特に、メキシコ人はランチタイムを大事にしますので、メキシコ企業には2時間のランチタイムを与えているところも多く、日系でも1.5時間取っているところもあります」とメキシコの文化を踏まえた上での労働管理をアドバイスした。
残業については「マネージャーは残業時間をしっかり管理してください。時間外労働は基本給の2倍、時間外労働が9時間を超えた場合、3倍を支払う必要があります。また1日あたり3時間を超える時間外労働を週3回以上求めることはできません」。製造業などの工場では日曜日も操業するところが少なくない。「日系企業には日曜出勤を時間外労働扱いで2倍払っているところもありますが、日曜日に出勤してもその他の日に週に一日の休みがあれば、日曜出勤は1.25倍の支払いです」という。
給与の支払いスケジュールは雇用主が選べるが、「メキシコ人は給与が入るとすぐ使ってしまう人も多いので、特に工場の場合は、一週間ごとの支払いをお勧めします。オフィス勤務だと15日ごとに支払う企業が一般的です」。メキシコの賃金は上昇傾向にあり、最低賃金は現在73.04ペソ/日(時間給9.13ペソ)だが、毎年見直しがあり、2017年1月1日にも上がるはずだという。
売り手市場での人材獲得に欠かせないのが、福利厚生の充実だ。「メキシコ人は福利厚生も給与のように考えて転職の判断をします。労働法で規定されている最低限の福利厚生としては、有給休暇、国民健康保険にあたるIMSS、クリスマス前のボーナス、Prima Vacacional (有給を取ったときは日給の25%増しを支払う)があります。それから特徴的なのが利益の10%を社員に分配するPTU(Participacion de Ios Trabajadores en las Utilidades)という制度です」。
他社と差別化するために、オプションの福利厚生を提供している企業もある。「オプションの福利厚生の一つが、高額医療保険(私立病院を利用できる医療保険)です。国民健康保険であるIMSSよりも効率的に高度な医療を受けられる保険です。そのほか、生命保険や、レストランや食料品に使える食品券、積み立て金制度、交通費の支給、無遅刻手当、皆勤手当などがあります」と冨田さん。
「メキシコ人の平均在職年数は2.9年で、アメリカ人の3年とほぼ同じ。人材の流動性が高いカリフォルニアよりは少し長い印象です」と冨田さん。定着率を上げるためには、労働法の理解はもちろん、まずはメキシコ人の性格とメキシコの文化を理解することが肝要だという。「WalmartやCostcoなどアメリカの店が進出しているので生活は似ている面もありますが、アメリ力人とメキシコ人は似ているようで似ていません。非常にシャイで誠実、気さくで優しい性格の持ち主が多いです。家庭を何よりも大事にし、休日は家族と過ごします。一方で公私混同が多く、面接に恋人を連れてきたことや、身内を採用させようとすることなどもありました」と自身のエピソードを披露した。
面接での注意点として重要なのが「まずその任地に引っ越せるかどうかを確認してください。メキシコ人にとっては家族が一番大切です。実家から車で何時間も離れてしまうと、家族に会えず、結果的に仕事を辞めてしまうケースもあります」。そのほか、 「アメリカと違って面接において聞いてはいけない質問というものがありませんので、家族構成や年齢、未婚、既婚など何でも聞いてください」と助言する。
新卒を採用する場合のポイントについては「単位の取得状況と卒論、大学卒業時期を確認しましょう。メキシコで私立の大学を卒業している学生は裕福な家の出身です。英語が話せる、常識がある、マナーがあるなどのメリットもありますが、未経験にもかかわらず希望給与水準が高く、初任給1万5000ペソ(約750米ドル)程度を要求してくる場合があります。国立大学卒の学生では、8000ペソくらいが相場(約400米ドル)です。英語力は弱いですが謙虚でよく人の話を聞く、というのが私の個人的な印象です」。
採用前にはバックグラウンド・チェックを行うこと。方法は(1) 学歴証明書、(2) 犯罪歴、(3) 前職へのリファレンスチェックの3つ。「採用が決まったら契約書を結ぶことと、必ずその書類にサインをもらうことが重要です。たまに何も言わず連絡が取れなくなってしまうことがありますので、7日間連絡がなかったら辞退扱いにするなど取り決めを書いておくほうが良いでしょう」。そして、面接の進行中は「早期に一人に絞らないことです。売り手市場の現在、採用通知を出しても受けてくれないこともよくあります。1番手に断られてからあらためて人を探すと事業計画に影響が出る心配もあるので、2番手、3番手の候補者も押さえて面接を同時に進めてください」と付け加えた。
解雇時に注意する点としては、「自発退職であれば書類にサインをもらって保管しておけば問題ありません。懲戒解雇の場合は、懲戒解雇による訴訟リスクを回避するため、いくつかのプロセスが必要です。まず、(1) 口頭で注意し、更生の機会を与える、(2) 文面で注意事項を出してサインさせる (この時、有権者登録カード(IFE)と同じサインかどうか注意すること。異なる場合、無効になってしまう)、(3) 改善されない場合は2、3回懲戒文書を出す、(4) 上記を行っても改善が見られない場合、解雇する、というステップを踏んでください。会社都合による解雇の場合は、解雇補償金として給与3カ月分に加えて『勤続年数×日給20日分』を支払う必要があります。ただし、前述した試用期間中の解雇は、解雇補償金の対象にならないので、試用期間制度を活用してください」。
一方で、社員の定着率を上げる方法としては「どの企業も昇給がありますので、1年に1回必ず昇給してあげてください。また、マネージャーには強いリーダーシップが求められます。毎月、毎年の目標を細かく設定して、それに対してフォローとフィードバックをしてあげてください。また注意する時は、メキシコ人は人前で叱られることを嫌うので避けましょう。そのほか、家族を呼んでのパーティーや社員旅行などの機会を設けるのもいいでしょう。通訳に頼らず、拙いスペイン語でも構わないので積極的にコミュニケーションを取っていきましょう」とメキシコ人との働き方についてアドバイスを行った。
ここで冨田さんはメキシコの地図を紹介し、各州での日系企業の進出状況との人材市場の傾向について解説した。「特にここ数年、日系の製造業が進出しているメキシコの中央高原エリアは、通称バヒオ地区と呼ばれ、グアナファト州、ハリスコ州、ケレタロ州、サンルイスポトシ州、アグアスカリエンテス州の5つの州から成ります。グアナファト州は、 マツダやホンダが工場を構える土地で、トヨタが工場を開設するのもここです。現在3800人程度の日本人が暮らしており、日本食のレストランやスーパーもでき、日本人にはほかの州に比べて住みやすいと言えます。ケレタロ州は、メキシコシティーから車で3時間ほどの近さという環境もあって、人材が集まりやすく採用しやすい特徴があります。アグアスカリエンテス州は、昔から日産自動車が工場を構えており、関連企業も多く、日産の城下町になっています。ハリスコ州は古くからある街で、日系企業も長くここで事業を行っている企業が多く、かなり現地化が進んでいます。サンルイスポトシ州は、日系企業も進出していますが、メキシコ人にとって人気がない、人材が集まりにくい土地です。今後BMWの工場が進出するので人材の争奪戦になることが予想されます」と各州の特色を語った。そのほか、アメリカ国境沿いの都市や、メキシコシティーの企業も含めると、現在の在墨日系企業数は957社、2016年の最新統計では1000社を超えるだろうという予測だ。
気になるメキシコの治安については「日本人の生活圏に限って言えば、命に関わるような危険はありません。ただし、交通事故死亡率上位国なので車の運転に注意することと、車上荒らしには気を付けましょう。麻薬絡みのマフィアの抗争、銃撃戦のニュースはありますが、彼らは一般人には危害を加えません。一方で信用できないのが賄賂の横行する警察です。車を運転中に呼び止められて、違反を指摘され、賄賂を求められるといったことがあります」と自身が生活した上で得た経験を基に語った。
近年首都メキシコシティーの地域は、 CDMX(Ciudad de Mexicoの略)と呼ばれ、特にサービス業で以前から進出している日系企業が多いそうだ。「サービス業が主のCDMXの地域と、製造業の工場を主とするバヒオ地区では、求められる人材も、提示される給与も異なってきます。現在、メキシコで不足している人材は、サービス業、製造業ともに通訳・翻訳、日英バイリンガルの経理、日西バイリンガルのエンジニア、英西バイリンガルの人事や営業のマネージャー、日西バイリンガルの管理職などです。駐在の日本人管理職と、スペイン語を話す現場との間に入る、英語または日本語を話せるマネージャークラスが、日本人でもメキシコ人でも求められています」。
最後に冨田さんは「現在のメキシコの売り手市場の状況を理解し、1年後を見据えた積極的なリクルーティングを行っていきましょう。新卒でも良い人材がいれば採用してからトレーニングをして使うことも考えましょう。他社よりも充実した福利厚生を提示し、メキシコでの事業成功に欠かせない人材を獲得していきましょう」と締めくくった。
参加者の声
Hayakawa USA Corporationの伊藤さん
「メキシコはビジネスをするのに魅力的な国であると再認識しました。メキシコにクライアントがいるので、ビジネスチャンスを探りたいと思っています」
Japan Airlinesの藤田さん
「講師の方自身がメキシコで生活をされて、現地の動向を肌で感じている方だったのですごく説得力がありました」