2016/6/24
去る6月24日、トーランスのToyota USA Automobile Museumで、第195回JBAビジネスセミナーを開催した。講師を務めたのは、北川 & イベート法律事務所の北川リサ美智子弁護士。残業手当やExempt分類について施行される新残業法および最低賃金時給15ドルへの引き上げ、さらに労働基準法違反の判例、リスクマネージメント戦略など、日系企業が関心を寄せる事項について雇用者向けに解説した。
[講師]
北川リサ美智子弁護士
カリフォルニア州、テキサス州、ニューヨーク州、ジョージア州弁護士。東京大学研修、京都大学法学修士。米国弁護士協会会員、米国連邦最高裁判所認定弁護士。法律家ランキングで権威あるマーティンデール・ハベル社の法的能力・道徳性評価において、全米の弁護士トップ5%に選出される。現在、訴訟全般から裁判まで全米を通じて多くの在米日系企業の顧問を担当している。
現在アメリカでは、「連邦労働基準法」(FLSA:Fair Labor Standards Act of 1938)により最低賃金や残業など労働についての各種法律が定められている。北川弁護士は冒頭で、2016年12月1日に発効する新しい連邦労働基準法について解説。それによると、従来からの大きな変更点として次の3つを挙げた。
(1) 給与基準の増額
(2) 10%の任意でないボーナス、コミッション
(3) 給与の自動増額
(2)は、これまでボーナスやコミッションは給与に含めることができなかったのに対し、新法下ではその10%まで含めることができるようになるという意味。また(3)では、今後3年ごとに自動的に最低賃金の増額が行われることとした。
この法令の適用範囲について北川弁護士は、「小規模企業や非営利団体については対象外になる可能性はありますが、実際はほぼ無理と考えた方がいいでしょう。また『企業』と『個人』で考えると、年間売り上げが50万ドル以上ある企業、および商業に従事し商業向け製品の製造に携わっている個人に適用すると定められています。この表現は非常にあいまいなのですが、要はほとんどの会社(ビジネスオーナー)がこの新法に従わなければならないということです」と説明した。
労働省の発表によると、現在の残業法適用対象者数は、ニューヨークで27万8000人、テキサスで37万人、フロリダで33万1000人、カリフォルニアで39万2000人いるという。北川弁護士によると、この数はこれまで正当な給与や残業手当を受給していない労働者数と言い換えられるようで、US Department of Labor(連邦労働局)によるとアメリカ国内企業の実に72%が残業法に違反しているという。
残業代の支給が必要となる「Non-Exempt」従業員について、連邦法では1週間40時間以上働く場合にその支給を義務付けている。さらに40時間以上働く場合は通常時給の1.5倍の支払いが必要となる。
これに対してカリフォルニア州法(以下、加州法)では、次の5つの時間帯に区分し残業代を規定している。
■1.5倍になる場合
(1) 1日8時間以上12時間まで
(2) 勤務連続7日目の最初の8時間
(3) 1週間40時間以上
■2倍になる場合
(4) 1日12時間以上
(5) 勤務連続7日目、8時間以上
労働法においては連邦法と加州法があるが、適用されるのは金額的に高い方の法律となる。
次に北川弁護士は、残業手当支払い対象外の職務(=Exempt従業員)を紹介。それによると次の5つに大別される。
(1) 管理職
フルタイム従業員を最低2名監督し、雇用・解雇、推薦の権限を持つ従業員。または管理が主要業務である従業員。
(2) 総務
管理側もしくは雇用主や顧客に直接関連した一般業務の事務やマニュアル以外の業務を行う従業員。重要事項について独立判断し決定権があり、さらに役員やオーナーの補助、特殊もしくは専門的職務、また特別職務割当を実行している従業員。
(3) 専門職
弁護士、医師、歯科医、建築家、教師など、法学、医学、歯学、会計、建築、工学、教育の分野で資格を持つ従業員。
(4) 外回り営業
外回り営業が主要業務で、就業時間の50%以上会社にいない従業員。自宅勤務の場合は、自宅に50%以上いない従業員。
(5) 高額報酬受給者
年間10万ドル以上の報酬を得る従業員。新法下では13万4004ドル以上、2020年からは14万7,524ドル以上に金額が上昇する。ただし加州法ではこのカテゴリーは認められておらず、どんなに高額報州受給者であっても残業代の支払い対象となる。
現行の連邦法ではExempt従業員の最低年収は23,660ドル(週給455ドル)。一方、加州法の最低年収は41,600ドルで、こちらの方が連邦法より高額であるため加州法に従っている。しかし今年12月1日から施行される新連邦法では年間47,476ドル(週913ドル)と倍増。これについて北川弁護士はこう解説した。
「連邦法では今年12月1日から最低年収が47,476ドルとなり、その翌月17年1月1日から加州法で最低年収が43,680ドルになります。しかし連邦法の方が高額であるため、連邦法に従うことになります。これが19年になると、加州法では49,920ドルに上昇し連邦法と逆転。さらに20年には54,080ドルまで上昇する試算です。連邦法の次の増額は20年の51,168ドルですから、19年以降は加州法に従うことになります」。
最低時給賃金に目を向けると、現行の連邦法では7.25ドル、加州法では10ドルと規定されている。加州法では17年1月1日から10.50ドルに引き上げられるが、これにより週40時間勤務の従業員1人当たり年間1,040ドル労働コストが上昇することとなる。
今話題の最低時給15ドルが適用されるのは、ロサンゼルス市では26名以上の会社の場合は20年から、26名以下の会社は21年からである。加州全体では26名以上の会社は22年から、26名以下の会社は23年から実施される。
加州の最低賃金(単位:ドル)
これらの最低賃金規定を守らなかった場合、それが意図的または繰り返し行われた違反であれば、違反1件につき最高1,100ドルの罰金が科せられる。
同時に幼年者労働についての罰則も設けられており、幼年者労働違反の場合は違反一人につき最高11,000ドル、幼年者の致死、もしくは重傷に至る違反の場合は違反1件につき50,000ドルの罰金が科せられる。
その他、意図的な違反は10,000ドルまでの刑法罰金、あるいは6カ月までの服役、ないしその両方が科せられる場合がある。
労働時間とは給与の対象となる時間のことで、北川弁護士は「主要業務」「無許可の労働時間」「オンコール(実際にはシフトには入っていなくても、要請があれば出勤できるように待機している時間)」「移動時間」「時間外での要求された仕事、ないし許可された仕事」がそれに当たるとした。さらに北川弁護士は、問題になりやすい時間として「シフトの前後」「通常勤務外の労働」「自宅勤務」「携帯電話などのテクノロジーによる仕事」を列挙。例えば「シフトの前後」というのは、朝の交通渋滞を避けるために始業1時間前に出勤している従業員から仕事までの待機時間も労働時間として認めるよう訴えられるリスクや、「携帯電話などのテクノロジーによる仕事」では、会社名義の携帯電話で時間外に仕事をしている場合にその分の給与を請求されるリスクなどが考えられるとした。
従業員が許可なく独断で残業していた場合、その時間を労働時間に入れるかどうかは企業にとって非常に難しい判断となる。特に真面目に残業をする日本人を多く抱える日系企業においては切実な問題である。これについて北川弁護士はこう説明した。
「法律では、許可を取っていない残業に対しても会社は給与を支払う義務があります。そうした問題を回避するためには従業員の就業時間管理を徹底し、残業をする場合は必ず上司の許可を取得させるなどの措置が必要です。連邦法によると、労働時間とは従業員が会社内もしくは規程の職場内で職務に要求される全ての時間、さらに義務の有無にかかわらず従業員が要求された、もしくは許可を得て遂行した仕事の時間全てを含めるとしています。加州法でも、義務の有無にかかわらず、従業員が雇用主の管理下で仕事をする、もしくは許可されている時間全てを含むと規定されています」。
最後に北川弁護士は、雇用に関するさまざまな問題を回避するために企業がすべきリスクマネージメントを紹介し、まず専門の弁護士から法的アドバイスを受ける必要性を力説。弁護士費用はかかるものの、訴訟された時のコストを考えると非常に安くつくと説明した。
次に、賃金・労働時間を審査し、従業員自身も食事、休憩、労働、残業などの時間を認識できるタイムシートを作成。それぞれを明示的に記録しておくことを勧めた。
また従業員ハンドブック(Employee Handbook)に雇用が「At-Will」(任意雇用)であることを明記し、従業員からその内容に了解したサインを得ておくことを奨励。さらに社内の目立つ所に雇用法関連のポスターを掲示することも忘れないでほしいとした。
その他、職務記述書(Job Description)を作成し従業員から承認のサインを得ておくこと、陪審員裁判を回避するために仲裁同意書を作成しておくこと、そして保険(Employer Practice Liability Insurance)に加入しておくことを紹介。保険に関しては、FLSAおよび賃金法違反は取締役会員ないし役員に対する雇用保険の適用外となるため、専用の保険に入っておくことが重要とした。
参加者の声
Pasonaの久保田さん
「弊社はクライアント企業に労働関連の情報を提供することがありますが、今日のセミナーを受けてどんな情報が日系企業に必要で、それをどう提供すべきかを確認できました。また、クライアント企業のサポート方法を考える良いきっかけになりました」
Two Milesのリーさん
「実務に直結する情報でとても役立ちました。弊社は会計事務所ですが、クライアント企業から会計以外の質問、特に労働関連の質問を受けることが多々あります。今日のセミナーを受講し、今後は実用的なアドバイスをご提供できると思いました」